転生勇者が死ぬまで10000日   作:慶名 安

520 / 520
第9章ー80

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――?!

 

 何が起こったのか理解できない。

 

 そんな言葉が、その巨大な瞳から伝わってくるようだった。

 

 捕らえられた銀鏡の翼龍が、空中で大きく身をよじる。

 

 先ほどまで、あれほど自由に大空を舞っていた巨体。

 

 その翼で風を切り裂き、圧倒的な力を見せつけていた伝説の魔物が――今は、たった一つの魔法によって空中に縫い止められている。

 

 自分の身体が動かない。

 

 翼を広げることもできない。

 

 逃げることもできない。

 

 その事実が、やつ自身にとっても信じられないのだろう。

 

 ――あの光の輪。

 

 間違いない。

 

 フィーの拘束魔法だ。

 

 「……やった」

 

 どうやら、本当にギリギリで彼女の魔法効果範囲内に入ることができたらしい。

 

 胸の奥で張り詰めていた何かが、ほんの少しだけ緩んだ。

 

 間に合った。

 

 本当に、ギリギリだった。

 

 あと少し遅れていたら。

 

 あと少しやつの落下が遅かったら。

 

 あるいは、フィーがほんの一瞬でも詠唱を遅らせていたら。

 

 この好機は生まれていなかっただろう。

 

 「出かした、フィー」

 

 自然と、そんな言葉が口から漏れた。

 

 短い言葉だった。

 

 けれど、その一言には心からの感謝が込められていた。

 

 フィーが作ってくれた、この一瞬。

 

 それがなければ、俺たちは何もできなかった。

 

 ミオが風を操り。

 

 ソンジさんが結界とリールの魔道具を用意し。

 

 ギリスケが命懸けで作戦に協力し。

 

 そして、フィーが最後の瞬間に拘束魔法を決めた。

 

 皆が必死に繋いできたものが、ようやく一つの形になったのだ。

 

 そのおかげで――。

 

 銀鏡の翼龍は、完全に動きを封じられている。

 

 抗うこともできないまま、巨体は重力に引かれ、ゆっくりと地上へ向かって落下していく。

 

 ――これなら。

 

 いける。

 

 そう思った。

 

 だが――。

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――!!!

 

 「ッ!?」

 

 次の瞬間。

 

 銀鏡の翼龍が、凄まじい勢いで身体をよじった。

 

 「なっ!?」

 

 翼が大きく震える。

 

 拘束している光の輪が、軋んだ。

 

 ギギギギギッ!!

 

 まるで金属同士を無理やり擦り合わせたような、不快な音が響き渡る。

 

 「マズい……!」

 

 フィーが言っていた。

 

 この拘束魔法は、長時間は持たない。

 

 ほんの数秒。

 

 それが限界だ。

 

 当然、伝説の魔物を完全に封じ込め続けられるほど甘い魔法ではない。

 

 このままでは、すぐに拘束を破られる。

 

 「早く……!」

 

 早いうちに追撃を決めなければ。

 

 この千載一遇のチャンスを逃せば、次に同じ状況を作り出せる保証などない。

 

 いや。

 

 そもそも、次があるかすら分からない。

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――!!!

 

 銀鏡の翼龍が、再び身体を大きく震わせた。

 

 光の輪に、さらに亀裂が走る。

 

 「ッ!?」

 

 その瞬間だった。

 

 「サダメー!!」

 

 「ッ!?」

 

 聞き慣れた声が響いた。

 

 反射的に、声のした方向へ視線を向ける。

 

 「マヒロ!?」

 

 地上。

 

 そこには、こちらを見上げるマヒロの姿があった。

 

 そして――。

 

 彼女は俺の名前を叫ぶと同時に、地面を強く蹴った。

 

 「――ッ!」

 

 ドンッ!!

 

 凄まじい衝撃とともに、マヒロの身体が飛び出す。

 

 脱兎跳躍《ラジャスト》。

 

 彼女の身体が、まるで弾丸のように空中を駆け抜けていく。

 

 五十メートル近く離れていたはずの距離が、一瞬で縮まっていく。

 

 速い。

 

 あまりにも速い。

 

 俺が驚いている間にも、マヒロは一気に距離を詰め――。

 

 「サダメ!」

 

 「お、おう!」

 

 気が付けば、俺のすぐ隣までやって来ていた。

 

 空中で合流。

 

 こんな状況でも、彼女の表情に迷いはない。

 

 「一緒にあやつを攻撃するでござるよ」

 

 マヒロが銀鏡の翼龍を見据える。

 

 「フィー殿が作ってくれた好機、絶対に無駄にはできぬ」

 

 「……ああ」

 

 俺も、やつへと視線を向けた。

 

 その言葉に、迷いはなかった。

 

 正直に言えば、両腕にはまだ痺れが残っている。

 

 さっき放った【火球《フレール》・双爆拳《ブラスト》】。

 

 あの技の反動は凄まじかった。

 

 いや。

 

 正確には、魔法そのものの反動だけではない。

 

 あれだけの威力を至近距離で、あの化け物の頭部へ叩き込んだのだ。

 

 その結果として返ってきた衝撃が、両腕に大きな負担を与えている。

 

 指先に力を込めるだけでも、じんじんとした痺れが走った。

 

 だが――。

 

 「……こんなの」

 

 俺は両手を握りしめる。

 

 「どうってことない」

 

 痺れていようが。

 

 痛みがあろうが。

 

 関係ない。

 

 ここまで来たんだ。

 

 出し惜しみなんてするつもりはない。

 

 ミオが、限界寸前の身体で戦ってくれた。

 

 ソンジさんが、血まみれになりながらロープを握ってくれた。

 

 ギリスケだって、あいつなりに必死で作戦に協力してくれた。

 

 そしてフィーが、最後の最後で俺たちに勝機を与えてくれた。

 

 皆が命懸けで作ってくれた、この一瞬。

 

 それを無駄にするなんて、絶対にできない。

 

 「たとえ腕が千切れそうになっても……」

 

 俺は拳を握り込む。

 

 「倒れるまで、戦うだけだ」

 

 ――そうだ。

 

 俺たちには、もう後がない。

 

 だったら。

 

 ここで全部出し切る。

 

 その覚悟はできていた。

 

 「けど……」

 

 俺は改めて銀鏡の翼龍を見上げる。

 

 「どうやって、あいつに決定的なダメージを与える?」

 

 そこが問題だった。

 

 自分の新必殺技。

 

 【火球《フレール》・双爆拳《ブラスト》】。

 

 あれだけの攻撃を直撃させて、ようやく軽傷を与えた程度。

 

 確かにダメージは通った。

 

 だが、倒すには至らなかった。

 

 マヒロの攻撃も同じだ。

 

 水龍。

 

 赤鬼。

 

 どちらも、これまで銀鏡の翼龍には決定打になっていない。

 

 「最高速度を誇る鳴雷《なるいかずち》も……」

 

 遠距離から攻撃する鎌鼬《かまいたち》も。

 

 どれも決め手には欠ける。

 

 「……他に、何かあるのか?」

 

 自分の知る限り、銀鏡の翼龍を倒せるほどの攻撃は思いつかない。

 

 どうする。

 

 このままでは、せっかくのチャンスを生かせない。

 

 そう思っていた。

 

 その時だった。

 

 「……サダメ」

 

 マヒロが、静かに口を開いた。

 

 「今の拙者の攻撃では、あやつに太刀打ちできる術はござらぬ」

 

 「……」

 

 意外な言葉だった。

 

 いつものマヒロなら、どんな相手であろうと真っ向から斬り伏せると言いそうなものだ。

 

 だが、今の彼女は違った。

 

 自分の力が通じないことを、冷静に理解している。

 

 そして――。

 

 「だが」

 

 マヒロの声が、僅かに変わった。

 

 「サダメの先程の攻撃を拝見して……」

 

 彼女は、ゆっくりと刀の柄へ手を伸ばす。

 

 「拙者にも、名案が浮かんだでござる」

 

 「……名案?」

 

 思わず聞き返した。

 

 俺の攻撃を見て、何かを思いついた?

 

 いったい、あの技のどこからそんな発想が――。

 

 「……」

 

 マヒロは答えない。

 

 ただ、静かに息を整えている。

 

 その表情には、一切の迷いがなかった。

 

 紅い瞳が、真っ直ぐに銀鏡の翼龍を捉えている。

 

 そして。

 

 ゆっくりと、刀の柄を握りしめた。

 

 「マヒロ……?」

 

 彼女の周囲の空気が変わる。

 

 赤い魔力が、静かに、しかし確実に膨れ上がっていく。

 

 「――見せてやるでござる」

 

 マヒロが呟いた。

 

 その声には、確かな自信があった。

 

 「サダメ。貴殿の技を見て、拙者は一つの可能性に気づいた」

 

 「可能性……?」

 

 マヒロが、さらに刀を握り込む。

 

 「拙者一人では、あやつを斬れぬ」

 

 「……」

 

 「ならば――」

 

 彼女の瞳が鋭く輝いた。

 

 「斬れる力を、拙者自身で作り出せばよい」

 

 「ッ!?」

 

 その言葉の意味を理解するよりも早く。

 

 マヒロは刀を抜いた。

 

 「――抜刀」

 

 「【鬼龍《きりゅう》】!」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

俺がカードゲームで無双できる都合のいい世界 〜カードゲームアニメの世界に転移したけど、前の世界のカード持ち込めたので好き放題します〜(作者:鴨山兄助)(オリジナル現代/ノンジャンル)

「ハズレSRの買取価格が1枚100万円超えるとか嘘だろ!?10枚あるよ!」▼ 転移先は、カードゲーム至上主義世界でした。▼ TCG『モンスター・サモナー』が好きな大学生主人公、天川ツルギ。▼ ある日彼は、目が覚めると中学生時代に戻っていた。▼ しかも、戻っていたのはツルギの家族もである。▼ 状況確認のためにつけたテレビから流れるのは、大量のモンスター・サモナ…


総合評価:4824/評価:7.84/連載:279話/更新日時:2026年07月03日(金) 07:11 小説情報

俺が死ぬたび世界を巻き戻す聖女は、七百一回目に俺を監禁した(作者:朝を数えない人)(オリジナルファンタジー/ミステリー)

市葬院で死者の最期を記録するレイは、ある朝、聖女ミレーユの白い塔で目を覚ます。▼扉に鍵はない。けれど何度開けても、同じ部屋へ戻ってくる。▼「外へ出れば、あなたは死にます」▼彼女は食事の好みも、古傷も、逃げる時に左の窓を選ぶ癖さえ知っていた。塔の地下には、死んでいないはずのレイの墓が七百基。ミレーユは彼が死ぬたび、世界を三十日巻き戻していたのだ。▼七百回失った…


総合評価:215/評価:7.56/完結:40話/更新日時:2026年08月24日(月) 16:30 小説情報

人とはこの世で最も醜悪な獣の総称である。(作者:顔のない女@人外ものしか書けない人)(オリジナル現代/恋愛)

人付き合いがとても苦手で、教室の隅で息を潜めて震えながら生きてきた少女には、画面越しにしか愛せない推しがいた。▼ところがその推し——超大手VTuberの彼女は、偶然にもクラスに在籍していて、しかも彼女は少女が自分のガチ恋だと知ったうえで、距離を詰め、からかい、やりたい放題してしまう。▼やがて限界を超えた少女は、ある日の教室で魔が差し、最推しの彼女の唇を奪って…


総合評価:655/評価:8.47/完結:111話/更新日時:2026年08月03日(月) 23:05 小説情報

救えなかったら時が戻る人、やり遂げたら何故か周りが病み始める。(作者:ゲーミング千手観音)(オリジナル現代/日常)

▼ 普通に日常を過ごしていただけなのに、何故か突然「その日毎に救助対象が変わって、しかも助けられずに死なせてしまうと一日の最初に戻る」という状態に陥ってしまう主人公。▼ 絶望して、心を壊しながらも一年間やり遂げた主人公はその呪いから開放される。▼ ────そしたらなんか今まで助けた人全員病んだ。なんで?▼ そう言ったお話。▼ 尚、助けられた人達は呪いが無くな…


総合評価:1162/評価:8.14/連載:8話/更新日時:2026年07月25日(土) 20:00 小説情報

真祖吸血鬼、まだ存在しないアメリカに寄生する 〜合法的な血液供給のため、建国前から国家運用保守を始めました〜(作者:パラレル・ゲーマー)(オリジナル歴史/冒険・バトル)

アメリカ建国250年おめでとうございます記念小説です。▼欧州の吸血鬼貴族ヴァレンシュタイン家に転生したルカは、始祖の血を濃く継ぐ「真祖の中の真祖」だった。▼霧化、影操作、自己再生、記憶読取、そして前世の記録から現代の物品や情報を引き寄せる力。▼無法なまでのチートを持って生まれたルカだったが、両親の価値観は最悪だった。人間牧場、血統管理、血の風呂。現代日本人の…


総合評価:1182/評価:6.23/連載:39話/更新日時:2026年08月10日(月) 16:18 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>