「ッ!? マヒロ、その技は……」
マヒロが魔妖を抜き放った、その瞬間。
いつもとは明らかに異なる異変を目の当たりにし、思わず息を呑んだ。
これまで、彼女が能力を発動するたびに見せてきた変化は単純だった。
赤鬼なら、燃え立つような深紅。
水龍なら、澄み渡るような蒼。
髪も瞳も、使用する力に応じて、どちらか一色に染まる――それが、これまでの常識だったはずだ。
だが、今は違う。
右側の髪と瞳は、灼熱を思わせる深紅。
対して左側は、凍てつく氷水のような蒼。
まるで身体の中心線を境に、二つの異なる存在が同時に宿っているかのように、彼女の姿は赤と青の二色に染め上げられていた。
そして、その瞳もまた――完全なオッドアイへと変貌している。
――まさか。
赤鬼と水龍。
その二つの力を、同時に発動している……!?
「驚くのは、まだ早いでござるよ」
平然とした声音。
だが、その奥には隠しきれない昂揚が滲んでいた。
マヒロ自身も、この力の先に何が待っているのか――確かめることを楽しんでいるようにすら見える。
「なっ!?」
しかし、驚愕させられたのは、それだけではなかった。
次の瞬間、視界に飛び込んできたものを見て、俺は完全に言葉を失った。
魔妖。
その刀身が――まるで別物へと変貌していたのだ。
水龍の力によって生み出される水の刃。
それが、ただの水とは思えないほど極限まで凝縮され、まるで鋼鉄そのもののような異様な硬度を帯びている。
さらに、そこへ赤鬼の力が上乗せされたのか。
刃は通常の倍以上にまで伸長し、その姿はもはや刀というより、大太刀と呼ぶべき威容を誇っていた。
水龍による圧倒的なリーチ。
そして、赤鬼がもたらす膂力と身体能力の強化。
それら二つの力が重なり合うことで、魔妖はこれまでとは比較にならないほど強固で、強大な刃へと変貌を遂げている。
……掛け合わせると、こうなるのか。
さっきの話を聞く限り、マヒロ自身もここまでの変化は想定していなかったはずだ。
というか、間違いなく本人にとっても初めての経験だろう。
それなのに――
「これで拙者は、頭部を狙うでござる。サダメは、背中――もしくは翼の部分を頼み申す」
迷いは、微塵もなかった。
「……ああ、分かった」
一瞬遅れて、俺も頷く。
背中を狙うのも悪くはない。
だが、より確実にダメージを通すのであれば、狙うべきは背中よりも、明らかに脆そうな翼だ。
なにより――飛行能力を奪うことができれば、あの巨体はもはや逃げ場を失う。
狙うのは――俺から見て最も近い、右の翼。
「まいるでござるよ、サダメ!」
「おう!!」
互いに視線を交わし、短く気合を入れる。
役割は決まった。
あとは――やるだけだ。
マヒロは魔妖を頭上へと掲げ、両手でしっかりと構える。
俺もまた、両腕を大きく振りかぶった。
ここが正念場だ。
これが――最後の一撃になる。
頼む。
もう少しだけでいい。
耐えてくれよ、俺の腕……!
「火《か》の球《きゅう》として、両腕に聚合《しゅうごう》し、眼前に移りし標的に、双炎の爆撃を与えん」
再び、詠唱を開始する。
両腕へと魔力を集中させながら、さきほどの攻撃で残った痺れを、無理やり意識の外へと追いやっていく。
痛い。
痺れる。
もう限界に近い。
それでも――ここで止まるわけにはいかない。
目の前には、今もなお銀鏡の翼龍がいる。
こいつを倒すために、俺たちはここまで来た。
ならば――
この一撃に、全部を懸ける。
「鬼龍一刀流、奥義」
隣では、マヒロが静かに口を開いた。
その声を聞いた瞬間。
全身に、ぞくりとした感覚が走る。
奥義。
つまり、マヒロもまた――この一撃に全てを懸けるつもりなのだ。
―――――!?
「【火球《フレール》・双爆拳《ブラスト》】ォォォ!!!」
「【打天《だてん》】」
二人の声が――完全に重なった。
次の瞬間。
俺の構えた両拳と、マヒロが振りかぶった魔妖が、銀鏡の翼龍へ向かって一気に振り下ろされる。
灼熱の炎と、凝縮された水の刃。
赤鬼と水龍。
二つの異なる力が、同時に銀鏡の翼龍へと迫っていく。
狙うのは――頭部と右翼。
互いに異なる場所を狙いながらも、その目的は一つ。
この化け物を――ここで終わらせる。
「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!」」
二人の咆哮が轟く。
そして――
二つの力が、銀鏡の翼龍の巨体へと交差した。
炎が爆ぜる。
水の刃が唸る。
拳が叩き込まれ、刀が振り抜かれる。
これまで何度攻撃しても揺るがなかった銀鏡の翼龍の巨体が、初めて大きく仰け反った。
――いける。
確かな手応えがあった。
この一撃なら――届く。
マヒロと俺。
二人の力を合わせた、決着の一撃が――今、銀鏡の翼龍へと放たれた。