転生勇者が死ぬまで10000日   作:慶名 安

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第9章ー82

 「「ハアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!」」

 

 二人の雄叫びが重なった、その瞬間。

 

 全身に残された力を――すべて解き放った。

 

 俺は渾身の一撃を、狙い定めた銀鏡の翼龍の右翼へと叩き込む。

 

 そしてマヒロは、巨大化した魔妖を両手で握り締め、迷いなく、その脳天へと振り下ろした。

 

 ――――――――――――――――――――ッ!?

 

 次の瞬間。

 

 確かな手応えが、拳を通して伝わってきた。

 

 鈍い。

 

 だが、それだけではない。

 

 確実に何かを砕いたような、重く生々しい衝撃が、腕の奥へと突き抜けてくる。

 

 「――――――――――――――――――――!!!」

 

 やつが、はっきりと悲鳴を上げた。

 

 効いている。

 

 間違いない。

 

 右翼を破壊する勢いで叩き込んだ渾身の打撃。

 

 そして同時に、頭部へと振り下ろされたマヒロの一閃。

 

 二方向から叩き込まれた重たい一撃が、銀鏡の翼龍の巨体を大きく揺さぶった。

 

 ――――――――――――――――――――!!!

 

 巨体が傾く。

 

 空中で翼をばたつかせるも、先ほどまでのような力強さはない。

 

 いや。

 

 そもそも――翼を動かせていない。

 

 片翼を失ったことで、飛行能力そのものが大きく損なわれたのだ。

 

 銀鏡の翼龍は、空中で完全に均衡を失っていた。

 

 そして――

 

 「――――――――――――――――――――――ッ!!!」

 

 耐えきれなかったのだろう。

 

 翼龍は再び絶叫を上げながら、その巨体を制御できないまま落下していく。

 

 しかも――今回は頭からだ。

 

 体勢を立て直す暇など、与えられていない。

 

 片翼を失い、頭部へ強烈な一撃を受けた巨体は、そのまま重力に引きずり込まれるようにして、真っ逆さまに落ちていく。

 

 ……効いている。

 

 間違いなく、今の攻撃は相当なダメージになっている。

 

 これまで、何度攻撃してもほとんど揺らぐことすらなかった化け物が、今は俺たちの目の前で為す術もなく落下している。

 

 「頼む……このまま、やられてくれ……」

 

 思わず、そんな言葉が口から漏れた。

 

 弱音なのか。

 

 それとも、祈りなのか。

 

 自分でも分からない。

 

 ただ――本心だった。

 

 もう、全員が限界だ。

 

 ここまで来るために、どれだけの力を使った。

 

 どれだけ傷ついた。

 

 どれだけ命を削った。

 

 俺だって、もう両腕が限界に近い。

 

 マヒロだって、これまでの戦いで相当な消耗を強いられている。

 

 他のみんなも同じだ。

 

 これ以上、戦いを長引かせる余裕なんて、どこにもない。

 

 だから――

 

 もし、今の一撃で終わらせられるのなら。

 

 これが、銀鏡の翼龍を殺すことのできる最初で最後のチャンスなのだ。

 

 頼む。

 

 頼むから――

 

 これで、終わってくれ。

 

 「――――――――――――――――――――――!?」

 

 だが。

 

 銀鏡の翼龍は――止まらなかった。

 

 落下する。

 

 ただひたすらに。

 

 その巨体は、まるで底の見えない闇へと吸い込まれるように、下方へと落ち続けていく。

 

 そして――

 

 その先に待ち構えていたのは。

 

 巨大な空洞だった。

 

 「――――――――――――――――――――ッ!」

 

 翼龍の巨体が、その巨大な口を開けたような空洞へと突入していく。

 

 その瞬間。

 

 「――――――――――――――――――――――ッ!!」

 

 突入の勢いで、わずかに残っていた氷の地面へと翼が激突した。

 

 凄まじい衝撃音が響き渡る。

 

 「バキィィィィィンッ!!」

 

 氷が砕け散った。

 

 無数の破片が宙を舞い、銀鏡の翼龍の巨体と共に、深い闇の底へと吸い込まれていく。

 

 ――落ちた。

 

 少なくとも、目的は果たした。

 

 銀鏡の翼龍を、この巨大な空洞へ叩き落とす。

 

 その一点においては――完璧だった。

 

 問題は――ここからだ。

 

 「……」

 

 俺自身も、未だに落下を続けている。

 

 視線だけは逸らさず、闇の底へと消えていった銀鏡の翼龍の行方を追い続けた。

 

 このまま落下していけば、いずれは皆の元へ戻れるだろう。

 

 もしかしたら――これで終わりなのかもしれない。

 

 翼龍は、あのまま落下して死んだ。

 

 俺たちは生き残った。

 

 そう考えてもいい。

 

 むしろ――そう考えたい。

 

 だが。

 

 「……サダメ」

 

 隣から、マヒロの声が聞こえた。

 

 「拙者たちも、このまま行くでござるよ」

 

 「ッ!?」

 

 思わず、マヒロの方へと視線を向ける。

 

 その表情を見た瞬間。

 

 俺は、すべてを察した。

 

 彼女は――すでに覚悟を決めている。

 

 逃げるつもりなど、微塵もない。

 

 「はたして……あやつほどの存在が、これだけで終わると思うでござるか?」

 

 その言葉に。

 

 胸の奥が、ざわついた。

 

 「……」

 

 答えは――分かっていた。

 

 あれほどの化け物が。

 

 あれだけの攻撃を受けてもなお、俺たちを追い詰め続けた怪物が。

 

 ただ落下した程度で死ぬ。

 

 そんな都合のいい結末を――俺は信じられなかった。

 

 「……思えぬ、でござろう」

 

 マヒロが、静かに続ける。

 

 「ならば――やつの息の根が止まるところを、しかと見届けるまで戦おう」

 

 ――そうだ。

 

 俺も、心のどこかでは分かっていた。

 

 銀鏡の翼龍は、まだ生きている。

 

 あれだけの化け物を、ただ落としただけで終わらせられるはずがない。

 

 もし、このまま引き返せば。

 

 もし、あいつが生きていたら。

 

 そして、再び地上へ戻ってきたら――。

 

 その時。

 

 今度こそ、取り返しのつかないことになるかもしれない。

 

 中途半端に生き延びさせるくらいなら。

 

 ここで逃げるくらいなら。

 

 ――俺たちの手で、確実に仕留めるしかない。

 

 「……ああ」

 

 短く答える。

 

 そして、頷いた。

 

 逃げない。

 

 最後まで――付き合う。

 

 銀鏡の翼龍を仕留めるというのなら。

 

 その最期を、この目で見届ける。

 

 そして――

 

 自分たちの手で、確実に息の根を止める。

 

 それが、ここまで死力を尽くして戦ってきた俺たちにできる――最後の仕事だ。

 

 「行くぞ、マヒロ」

 

 「承知したでござる、サダメ」

 

 互いに視線を交わす。

 

 その瞬間。

 

 俺たちは、同時に身体を翻した。

 

 眼下に広がるのは――底の見えない闇。

 

 その先に、銀鏡の翼龍がいる。

 

 まだ、生きている。

 

 ならば――追う。

 

 たとえ、この先に何が待ち受けていようとも。

 

 逃げることはしない。

 

 俺たちは銀鏡の翼龍を追い――そのまま、巨大な闇の口を開けた空洞へと突入していくのだった。

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