転生勇者が死ぬまで10000日   作:慶名 安

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第9章ー85

 ―――――?!

 

 自分の放った【火球《フレール》】は、一筋の流星となって銀鏡の翼龍の口元へ一直線に突き進む。

 

 翼龍が凍結のブレスを吐き出すよりも、ほんの一瞬――いや、刹那ほど早く。

 

 灼熱の焔は、その牙の奥へと吸い込まれていった。

 

 その瞬間。

 

 思考が、わずかに過去へと跳ぶ。

 

 昔話で語られていた勇者は、巨大な火球によって銀鏡の翼龍の口内を焼いたという。

 

 どれほど巨大な火球だったのかは分からない。

 

 だが、もし口に収まりきらないほどの大きさだったのなら。

 

 火球は口元で炸裂し、その爆炎と熱が口腔の奥へ流れ込んだのだろう。

 

 ――ならば。

 

 極限まで圧縮された火球が、そのまま口の奥深くへ到達したら。

 

 外殻は、銀鏡の名にふさわしい異常な硬度を誇る。

 

 だが、その内側まで同じ強度を保てる生物など、本当に存在するのか。

 

 そんな考えが、脳裏をかすめた――その直後だった。

 

 ――――――――――――――――――――?!

 

 「……ッ!?」

 

 答えは、即座に示された。

 

 火球は寸分違わず、銀鏡の翼龍の口腔深くへと到達する。

 

 そして――。

 

 腹の底へ響くような、鈍い爆発音。

 

 その音は外ではなく、明らかに巨体の内部から響いていた。

 

 同時に、翼龍の喉元や牙の隙間から、眩い灼光が一斉に溢れ出す。

 

 まるで、その身体の内側に太陽が生まれたかのようだった。

 

 次の瞬間。

 

 ――――――――――――――――――――――!!!!!

 

 空洞全体を震わせる、凄絶な絶叫。

 

 今までの咆哮とは比較にならない。

 

 苦痛と絶望が入り混じった、断末魔そのものだった。

 

 「……やっぱり、そうか」

 

 思わず、声が漏れる。

 

 予想は的中した。

 

 どれほど堅牢な外殻を持とうとも。

 

 内側までは守れない。

 

 口内へ撃ち込まれた圧縮火球は、逃げ場を失った灼熱と衝撃を、そのまま巨体の内部へ叩き込んだのだ。

 

 それは、外から何度攻撃しても届かなかった致命の一撃。

 

 銀鏡の翼龍の命を刈り取る、決定打となっていた。

 

 ―――――――――――――――――――――――――?!

 

 銀鏡の翼龍が激しく身をよじる。

 

 喉を押さえるように首を振り回し、苦しげにのたうち回る。

 

 やがて、その口から大量の赤黒い血が噴き出した。

 

 鮮血は氷と岩の地面へ飛び散り、白銀の世界を無惨な赤へ染め上げていく。

 

 その姿は、どこか滑稽だった。

 

 何が起きたのか理解できず、ただ本能のまま痛みに抗っている。

 

 伝説として語り継がれてきた絶対の存在が、初めて見せる無様な姿だった。

 

 しかし――。

 

 もう遅い。

 

 もはや立ち上がる力は残されていなかった。

 

 「……これで、終わりだ」

 

 自然と、その言葉が口をついて出る。

 

 銀鏡の翼龍の悲鳴は、次第に掠れていった。

 

 絶叫は呻きへ。

 

 呻きは呼吸音へ。

 

 そして、ついには喉を震わせる音すら消えていく。

 

 静かだった。

 

 あれほど暴れ狂っていた巨体から、戦意が消えていく。

 

 こちらを睨みつけていた黄金の双眸からも、ゆっくりと光が失われていく。

 

 やがて。

 

 巨大な首が、力なく前へ傾いた。

 

 がくり、と。

 

 最後の力が抜け落ちるように垂れ下がり、そのまま地面へと沈む。

 

 ――動かない。

 

 もう、二度と。

 

 空洞を満たしていた魔力の圧が、少しずつ薄れていく。

 

 耳を塞ぎたくなるような咆哮も。

 

 肌を刺すような殺気も。

 

 すべてが、静寂の中へ溶けていった。

 

 凍てついた空気だけが、その場に残される。

 

 俺は、その光景をしばらく見つめ続けた。

 

 信じたかった。

 

 そして、信じ切れなかった。

 

 あれほど圧倒的だった怪物が、本当に倒れたのか。

 

 だが、どれだけ待っても。

 

 銀鏡の翼龍は、もう二度と動かなかった。

 

 そこでようやく実感する。

 

 ――終わった。

 

 この死闘が。

 

 この絶望的な戦いが。

 

 長きにわたり恐れられ続けた伝説の魔物との戦いが。

 

 すべて――終わったのだ。

 

 銀鏡の翼龍との決着は、紛れもなく。

 

 自分たちの勝利だった。

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