転生勇者が死ぬまで10000日   作:慶名 安

526 / 526
第9章ー86

 ――― ――

 

 内側から爆ぜた灼熱は、銀鏡の翼龍の内臓と血肉を容赦なく焼き尽くしていた。

 

 砕けた臓腑から赤黒い血が溢れ、生命を支えていた魔力は急速に制御を失っていく。

 

 全身を満たしていた力が、まるで砂時計の砂のように零れ落ちていく感覚。

 

 その一つひとつが、己の命そのものだった。

 

 ――死。

 

 その境地を味わうのは、実に久方ぶりだった。

 

 だが、かつてとは決定的に違う。

 

 あの時は、確信があった。

 

 どれほど傷つこうと、自分は死なない。

 

 そう疑うことすらなかった。

 

 しかし、今は違う。

 

 理解してしまった。

 

 自分は、ここで終わる。

 

 この命は、ここで尽きる。

 

 そして――。

 

 人類に、敗れた。

 

 その事実を認めた瞬間。

 

 薄れゆく意識の奥底から、堰を切ったように記憶が溢れ出した。

 

 ――遥か昔。

 

 千年もの時を遡る。

 

 ここから数千キロ離れた極寒の地。

 

 吹雪に閉ざされた雪山の奥深く。

 

 陽の光すら届かぬ、小さな洞穴。

 

 そこが、銀鏡の翼龍の生まれた場所だった。

 

 外界の音は届かない。

 

 ただ濃密な魔力だけが満ちる、静寂の世界。

 

 それこそが、彼にとっての揺籃であり、唯一の楽園だった。

 

 彼は、その魔力を糧に育つ。

 

 食事など必要なかった。

 

 息をするように魔力を取り込み、その巨体は日を追うごとに膨れ上がっていく。

 

 生まれて半年。

 

 当初は広く感じていた洞穴も、もはや身体を収めきれなくなっていた。

 

 岩壁は背に押され、天井は翼に擦られる。

 

 狭い。

 

 苦しい。

 

 もっと広い場所へ行きたい。

 

 そんな本能だけが、胸の内で膨らんでいった。

 

 そして、それから半月ほどが過ぎた頃。

 

 限界は訪れた。

 

 巨体が洞穴を押し広げる。

 

 耐え切れなくなった岩盤が砕け、轟音と共に山肌が崩れ落ちた。

 

 雪崩が山を飲み込み、凍てついた白煙が空へ舞い上がる。

 

 その中心から、一体の巨大な龍が姿を現した。

 

 その瞬間こそが。

 

 銀鏡の翼龍にとって、本当の意味での誕生だった。

 

 初めて見る外の世界。

 

 吹き荒れる雪嵐。

 

 果てなく続く白銀の大地。

 

 そして――。

 

 無数の、小さな生き物。

 

 二本の足で立ち、己とは比べものにならないほど小さな存在。

 

 手には剣や槍を握り締め、何十、何百という数でこちらを見上げている。

 

 ――人類。

 

 それが、彼と人類との最初の出会いだった。

 

 彼らを見た瞬間、最初に抱いた感情は恐怖でも敵意でもない。

 

 純粋な疑問だった。

 

 ――なんと弱そうな生き物だ。

 

 武器は構えている。

 

 だが、その表情には恐怖が張り付き、身体の震えは隠し切れていない。

 

 それでも。

 

 彼らは確かな殺意を向けていた。

 

 直感する。

 

 この者たちは、自分を殺そうとしている。

 

 ――弱いくせに、なぜだ。

 

 理解できなかった。

 

 だからこそ、興味が湧いた。

 

 試してみよう。

 

 自分と彼らとの力の差を。

 

 生まれながらにして莫大な魔力を宿し、その巨大な身体を持つ彼にとって、それは遊戯にも等しい思いつきだった。

 

 魔法という概念など知らない。

 

 ただ、本能の赴くまま肺いっぱいに魔力を吸い込み、それを吐き出した。

 

 その瞬間。

 

 白き吐息が吹き荒れる。

 

 凍てつく冷気は嵐となって大地を駆け抜け、周囲の木々を、岩を、建物を、すべて氷へと変えていく。

 

 逃げ惑う人類も例外ではなかった。

 

 悲鳴を上げる暇すらない。

 

 次々と氷像へ変わり、その場に立ち尽くしたまま命を失っていった。

 

 戦いは――ほんの数分で終わった。

 

 圧倒的だった。

 

 勝負と呼ぶことすら、おこがましい。

 

 抵抗と呼べるほどの力もなく、人類はただ蹂躙されるだけだった。

 

 静まり返った雪原を見下ろしながら。

 

 彼は、自らの力を悟る。

 

 自分は、圧倒的に強い。

 

 この程度の存在では、誰一人として自分には届かない。

 

 その胸に芽生えた感情は、歓喜でも優越でもなかった。

 

 ――失望。

 

 あまりにも弱い。

 

 あまりにも脆い。

 

 これでは、力を試す相手にすらならない。

 

 そう結論づけた彼は、静かに踵を返した。

 

 生まれ育った雪山にも、もはや未練はなかった。

 

 求めるものは、ただ一つ。

 

 己の力をぶつけるに値する強者。

 

 その存在を探し求め、銀鏡の翼龍は雪山を後にする。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

俺がカードゲームで無双できる都合のいい世界 〜カードゲームアニメの世界に転移したけど、前の世界のカード持ち込めたので好き放題します〜(作者:鴨山兄助)(オリジナル:現代/ノンジャンル)

「ハズレSRの買取価格が1枚100万円超えるとか嘘だろ!?10枚あるよ!」▼ 転移先は、カードゲーム至上主義世界でした。▼ TCG『モンスター・サモナー』が好きな大学生主人公、天川ツルギ。▼ ある日彼は、目が覚めると中学生時代に戻っていた。▼ しかも、戻っていたのはツルギの家族もである。▼ 状況確認のためにつけたテレビから流れるのは、大量のモンスター・サモナ…


総合評価:4825/評価:7.84/連載:279話/更新日時:2026年07月03日(金) 07:11 小説情報

【書籍化決定】クラス転移したけど俺だけステータス表記が違った(作者:星野林(旧ゆっくり霊沙))(オリジナル:ファンタジー/冒険・バトル)

学校で進路を悩んでいた斎藤隆史(サイトウ タカシ)はクラスに馴染めずに居た。▼そんな最中、突如異世界にクラスごと召喚もとい拉致され、魔王と戦えと言われる。▼そして各自に役職と能力が付与されているからとステータスを開くように言われてステータス画面を見ると……皆が普通のRPG表記なのに、俺だけポケ◯ンみたいにレベル形式だし、技ってのが見える。▼そして始まる異世界…


総合評価:3178/評価:7.98/完結:95話/更新日時:2026年08月06日(木) 10:50 小説情報

転生者がTS魔法少女になって頑張る話。(作者:メルヘン侍)(オリジナル:現代/冒険・バトル)

TSして魔法少女して頑張る話です。▼カクヨムでも同時投稿しております。


総合評価:1656/評価:7.66/連載:42話/更新日時:2026年06月03日(水) 11:57 小説情報

カスレアクロニクル(作者:すばみずる)(オリジナル:現代/コメディ)

【平日更新中:昼12時】▼カスレアのカードの精霊が出てくる話。▼かつてカードゲームを愛好していた主人公は、生活苦から手持ちのカードを売ろうとしていた。そんな時、相棒だと思っていたポンコツ美少女カードが突如として実体化してしまい、彼の腐っていた人生が動き始める。▼待ち構えるのは合法ロリ店長や腹黒聖女、厄介な常連客たちとろくでなしの精霊たち。▼ラブコメじみたドタ…


総合評価:4793/評価:8.72/連載:228話/更新日時:2026年09月24日(木) 23:30 小説情報

転職のスキル授かったらそりゃ全職極めるに決まってんだろ(作者:水色の山葵)(オリジナル:現代/冒険・バトル)

人より道のりは長いが、ダンジョン中毒の彼にはあまり関係がない。▼カクヨムにも投稿してます。▼https://kakuyomu.jp/works/2912051601499000526


総合評価:8203/評価:7.93/連載:45話/更新日時:2026年09月27日(日) 19:41 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>