転生勇者が死ぬまで10000日   作:慶名 安

527 / 530
第9章ー87

 それから一週間。

 

 銀鏡の翼龍は、さらなる力を求めて雪原を渡り続けた。

 

 そして辿り着いたのは、生まれ育った故郷とはまるで異なる土地だった。

 

 空気が違う。

 

 大地を満たす魔力が違う。

 

 漂う魔力はより澄み、より濃密で、息を吸うだけで身体の奥深くまで染み渡ってくる。

 

 冷気の中に宿る魔力は、故郷よりも遥かに豊かだった。

 

 ――ここは、良い。

 

 その瞬間、本能が告げる。

 

 これほど心地よい土地はない。

 

 これほど魔力に満ちた場所もない。

 

 ここならば、さらに強くなれる。

 

 「――気に入った」

 

 言葉を持たぬ彼は、そう心に決めた。

 

 この地を、新たな住処としよう。

 

 そう考えるまでに、迷いは一切なかった。

 

 だが――。

 

 当然、この国にも人類はいた。

 

 彼らと敵対することになるのは避けられない。

 

 それでも銀鏡の翼龍は、何一つ不安を抱かなかった。

 

 人類など、すでに知っている存在だったからだ。

 

 脆弱で。

 

 恐怖に怯え。

 

 数だけを頼りに群れるしか能のない生き物。

 

 ――今回も同じだ。

 

 そう確信していた。

 

 だが。

 

 その慢心こそが、後に己の運命を狂わせる最初の一歩だった。

 

 戦いが始まって間もなく。

 

 銀鏡の翼龍は、初めて異変を感じる。

 

 ――……なぜだ。

 

 吹き荒れる冷気。

 

 あらゆる生命を氷像へ変えるはずの吐息。

 

 それが――巨大な結界によって受け止められていた。

 

 冷気は結界の表面を白く凍らせるだけで、その内側へは一歩たりとも届かない。

 

 しかも。

 

 相手は、たった十数人。

 

 以前相対した集団とは比較にならないほど少ない。

 

 それにもかかわらず。

 

 『なぜ、こいつらは死なない』

 

 初めて、困惑という感情が芽生えた。

 

 その答えを得る間もなく。

 

 ブレスを吐き終えた直後を狙い澄ましたように、人類が一斉に動く。

 

 剣閃が走る。

 

 無数の魔法が空を裂く。

 

 見たこともない術式が、大地を駆け抜ける。

 

 ありとあらゆる攻撃が、巨体へ降り注いだ。

 

 だが。

 

 その程度では、銀鏡の翼龍は倒れない。

 

 銀鏡と称される鱗は絶対だった。

 

 剣は弾かれ。

 

 槍は砕け。

 

 魔法でさえ致命傷には程遠い。

 

 それでも――。

 

 攻撃は終わらない。

 

 一人として退かない。

 

 倒れても立ち上がり。

 

 傷ついても前へ進み。

 

 何度も、何度も。

 

 執拗なまでに挑み続けてくる。

 

 効かないと分かっているはずなのに。

 

 それでも諦めない。

 

 その姿が、彼には理解できなかった。

 

 ――……鬱陶しい。

 

 その感情は、やがて苛立ちへ変わる。

 

 そして。

 

 苛立ちは怒りとなった。

 

 その瞬間だった。

 

 彼は、人類を見て学んだ。

 

 彼らが放つ光。

 

 魔法という未知の力。

 

 その仕組みは理解できない。

 

 だが、魔力の流れだけは見えた。

 

 ならば。

 

 己の魔力で再現すればいい。

 

 本能のまま魔力を練り上げる。

 

 人類の魔法を模倣し、己という器に合わせて組み替えていく。

 

 そうして生まれたのが――

 

 【百夜の咆哮《ホワイト・ブレス》】

 

 冷気ではない。

 

 純粋な破壊の奔流。

 

 吐息とともに放たれた白き閃光は、大地を抉り、山肌を削り取り、巨大な穴を穿つほどの破壊力を秘めていた。

 

 ――これならば。

 

 銀鏡の翼龍は確信する。

 

 今度こそ、人類は終わる。

 

 だが。

 

 現実は、その確信すら打ち砕いた。

 

 この国の人類は倒れない。

 

 何人倒れようとも。

 

 何度吹き飛ばされようとも。

 

 なお立ち上がり、刃を向け続ける。

 

 そして、その魔法には致命的な欠点があった。

 

 絶大な威力と引き換えに。

 

 発動までには魔力を収束させる時間が必要だった。

 

 さらに、一度放てば膨大な魔力を消耗し、連続では使えない。

 

 その隙を。

 

 人類は見逃さなかった。

 

 再び始まる猛攻。

 

 止まることなく降り注ぐ刃と魔法。

 

 その果てに――。

 

 「――ッ!?」

 

 銀鏡の翼龍は、生まれて初めて痛みを知る。

 

 誇り高き銀色の鱗。

 

 何者にも傷つけられなかった絶対の防壁。

 

 そこへ、一筋の亀裂が走った。

 

 パキリ、と。

 

 その小さな音は、銀鏡の翼龍にとって世界が崩れる音だった。

 

 理解する。

 

 このままでは――殺される。

 

 初めて胸を満たしたのは、怒りではない。

 

 焦燥だった。

 

 ならば。

 

 最後の手段を使うしかない。

 

 この国ごと。

 

 すべてを凍らせる。

 

 大地も。

 

 人類も。

 

 山も。

 

 命あるものすべてを、永遠の氷へ閉ざしてしまえばいい。

 

 そう考えた彼は、大きく息を吸い込む。

 

 肺が軋むほどに。

 

 限界まで魔力と空気を取り込み、すべてを終わらせる一撃を放とうとした――その瞬間。

 

 視界の端で、一人の男が動いた。

 

 その全身を覆い尽くすほど巨大な灼熱の火球。

 

 太陽を思わせる紅蓮の塊が。

 

 一直線に――。

 

 己の口腔目掛けて、放たれた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。