転生勇者が死ぬまで10000日   作:慶名 安

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第9章ー88

 ――ぐ、ぐうっ!?

 

 ――あ、熱い……!?

 

 勇者の放った火球は、そのすべてが体内へ届いたわけではなかった。

 

 銀鏡のごとき強靱な外殻が、その大半を弾き返していたからだ。

 

 しかし――。

 

 爆ぜ散った灼熱の炎は、その一部だけでも十分だった。

 

 牙の隙間から口腔へと流れ込み、喉奥を焼き、肺腑の奥深くへと侵入していく。

 

 次の瞬間。

 

 全身を、灼熱が貫いた。

 

 ――ッ!?

 

 焼ける。

 

 身体の内側が、燃えている。

 

 これまで一度たりとも味わったことのない激痛だった。

 

 冷気と魔力だけで満たされていた体内が、一転して灼熱に蹂躙される。

 

 内臓という内臓を、炎が舐め回すように焼き尽くしていく。

 

 ――な、なんだ……これは……。

 

 理解できない。

 

 呼吸をしようと息を吸えば、喉奥が焼ける。

 

 吐き出そうとすれば、さらに熱が肺を抉る。

 

 呼吸という、生きるための行為そのものが苦痛へと変わっていた。

 

 身体の内側が、制御不能な炎によって暴れ回っている。

 

 その感覚に、思考がまるで追いつかない。

 

 ――なぜだ。

 

 ――なぜ、私が……。

 

 混乱の中、疑問だけが何度も脳裏を巡る。

 

 ――なぜ、私がこんな連中などに……!

 

 これまで見下してきた存在。

 

 弱く。

 

 脆く。

 

 恐怖に支配されるだけの種族。

 

 その人類に。

 

 痛みを与えられた。

 

 傷を刻まれた。

 

 そして今――追い詰められている。

 

 怒りが込み上げる。

 

 屈辱が胸を焼く。

 

 だが、その奥底では、それらを押し潰すほどの感情が膨らみ始めていた。

 

 ――まずい。

 

 その思考が、初めて明確な形を持つ。

 

 これは、ただの傷ではない。

 

 身体の内側を焼き尽くされ、魔力の流れまでも乱されている。

 

 このまま戦えば。

 

 このままここへ留まれば。

 

 ――殺される。

 

 その事実を理解した瞬間。

 

 胸の奥から湧き上がったのは、怒りでも誇りでもなかった。

 

 「生きたい」

 

 ただ、それだけだった。

 

 ――こんなところで、死んでたまるものか……!

 

 初めて芽生えた、生への執着。

 

 支配者としての矜持でも。

 

 最強という自負でもない。

 

 純粋な、生存本能だった。

 

 だが、人類は甘くなかった。

 

 銀鏡の翼龍が弱ったことを、誰一人見逃さない。

 

 結界の内側から、無数の魔法が放たれる。

 

 巨大な術式が大地を走る。

 

 剣が閃き。

 

 槍が唸る。

 

 あらゆる攻撃が、先ほどまでとは比較にならない勢いで降り注いだ。

 

 休む暇など、一瞬たりとも与えられない。

 

 銀色の鱗が、軋む。

 

 絶対だった外殻が、少しずつ削られていく。

 

 今まで決して傷つくことのなかった鱗へ、新たな傷が一つ、また一つと刻まれていく。

 

 そして体内では。

 

 火球によって焼き荒らされた臓腑が、なお灼熱を宿し続けていた。

 

 魔力は巡らない。

 

 身体は思うように動かない。

 

 外からも。

 

 内からも。

 

 命を削られていく。

 

 まさに、満身創痍だった。

 

 ――どうする。

 

 どうすれば、生き残れる。

 

 思考を巡らせる。

 

 このまま戦えば、確実に死ぬ。

 

 空へ逃げようにも、翼は満足に動かない。

 

 地上へ留まれば、人類の猛攻に呑み込まれるだけ。

 

 逃げ場はない。

 

 ……いや。

 

 一つだけ、あった。

 

 その瞬間。

 

 脳裏へ、一つの光景が蘇る。

 

 【百夜の咆哮《ホワイト・ブレス》】で穿った、大地の裂け目。

 

 あの一撃で抉られた巨大な穴。

 

 自らの巨体でさえ、十分に潜り込める深さと広さを持っていた。

 

 ――地下。

 

 地上に居場所がないのなら。

 

 逃げる先は、そこしかない。

 

 人類の攻撃が届かぬ闇の奥。

 

 そこへ身を潜めれば、時間を稼げる。

 

 焼かれた身体を癒やし。

 

 失われた魔力を取り戻し。

 

 再び立ち上がることができるかもしれない。

 

 屈辱だった。

 

 それは敗北を認めるに等しい選択だった。

 

 誇り高き銀鏡の翼龍が。

 

 下等と見下してきた人類から逃げる。

 

 そんな未来を、かつての自分は想像すらしなかっただろう。

 

 それでも。

 

 生きるためには、選ばなければならない。

 

 銀鏡の翼龍は奥歯を強く噛み締める。

 

 怒りを。

 

 屈辱を。

 

 敗北感を。

 

 そのすべてを胸の奥へ押し込み、ゆっくりと巨体を反転させた。

 

 そして――。

 

 自らが穿った巨大な洞穴へ、その身を滑り込ませる。

 

 背後から降り注ぐ人類の視線と攻撃を受けながら。

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