――ぐ、ぐうっ!?
――あ、熱い……!?
勇者の放った火球は、そのすべてが体内へ届いたわけではなかった。
銀鏡のごとき強靱な外殻が、その大半を弾き返していたからだ。
しかし――。
爆ぜ散った灼熱の炎は、その一部だけでも十分だった。
牙の隙間から口腔へと流れ込み、喉奥を焼き、肺腑の奥深くへと侵入していく。
次の瞬間。
全身を、灼熱が貫いた。
――ッ!?
焼ける。
身体の内側が、燃えている。
これまで一度たりとも味わったことのない激痛だった。
冷気と魔力だけで満たされていた体内が、一転して灼熱に蹂躙される。
内臓という内臓を、炎が舐め回すように焼き尽くしていく。
――な、なんだ……これは……。
理解できない。
呼吸をしようと息を吸えば、喉奥が焼ける。
吐き出そうとすれば、さらに熱が肺を抉る。
呼吸という、生きるための行為そのものが苦痛へと変わっていた。
身体の内側が、制御不能な炎によって暴れ回っている。
その感覚に、思考がまるで追いつかない。
――なぜだ。
――なぜ、私が……。
混乱の中、疑問だけが何度も脳裏を巡る。
――なぜ、私がこんな連中などに……!
これまで見下してきた存在。
弱く。
脆く。
恐怖に支配されるだけの種族。
その人類に。
痛みを与えられた。
傷を刻まれた。
そして今――追い詰められている。
怒りが込み上げる。
屈辱が胸を焼く。
だが、その奥底では、それらを押し潰すほどの感情が膨らみ始めていた。
――まずい。
その思考が、初めて明確な形を持つ。
これは、ただの傷ではない。
身体の内側を焼き尽くされ、魔力の流れまでも乱されている。
このまま戦えば。
このままここへ留まれば。
――殺される。
その事実を理解した瞬間。
胸の奥から湧き上がったのは、怒りでも誇りでもなかった。
「生きたい」
ただ、それだけだった。
――こんなところで、死んでたまるものか……!
初めて芽生えた、生への執着。
支配者としての矜持でも。
最強という自負でもない。
純粋な、生存本能だった。
だが、人類は甘くなかった。
銀鏡の翼龍が弱ったことを、誰一人見逃さない。
結界の内側から、無数の魔法が放たれる。
巨大な術式が大地を走る。
剣が閃き。
槍が唸る。
あらゆる攻撃が、先ほどまでとは比較にならない勢いで降り注いだ。
休む暇など、一瞬たりとも与えられない。
銀色の鱗が、軋む。
絶対だった外殻が、少しずつ削られていく。
今まで決して傷つくことのなかった鱗へ、新たな傷が一つ、また一つと刻まれていく。
そして体内では。
火球によって焼き荒らされた臓腑が、なお灼熱を宿し続けていた。
魔力は巡らない。
身体は思うように動かない。
外からも。
内からも。
命を削られていく。
まさに、満身創痍だった。
――どうする。
どうすれば、生き残れる。
思考を巡らせる。
このまま戦えば、確実に死ぬ。
空へ逃げようにも、翼は満足に動かない。
地上へ留まれば、人類の猛攻に呑み込まれるだけ。
逃げ場はない。
……いや。
一つだけ、あった。
その瞬間。
脳裏へ、一つの光景が蘇る。
【百夜の咆哮《ホワイト・ブレス》】で穿った、大地の裂け目。
あの一撃で抉られた巨大な穴。
自らの巨体でさえ、十分に潜り込める深さと広さを持っていた。
――地下。
地上に居場所がないのなら。
逃げる先は、そこしかない。
人類の攻撃が届かぬ闇の奥。
そこへ身を潜めれば、時間を稼げる。
焼かれた身体を癒やし。
失われた魔力を取り戻し。
再び立ち上がることができるかもしれない。
屈辱だった。
それは敗北を認めるに等しい選択だった。
誇り高き銀鏡の翼龍が。
下等と見下してきた人類から逃げる。
そんな未来を、かつての自分は想像すらしなかっただろう。
それでも。
生きるためには、選ばなければならない。
銀鏡の翼龍は奥歯を強く噛み締める。
怒りを。
屈辱を。
敗北感を。
そのすべてを胸の奥へ押し込み、ゆっくりと巨体を反転させた。
そして――。
自らが穿った巨大な洞穴へ、その身を滑り込ませる。
背後から降り注ぐ人類の視線と攻撃を受けながら。