「んっ……んんっ……」
誰かに起こされたわけでもなく、ふと目が覚めた。
起こされるまでぐっすり眠るつもりだったのに、案外自分で起きられるものらしい。
「……?」
だが、目を開けた瞬間、妙な違和感に襲われた。
――白い。
いや、正確には、景色そのものが真っ白だった。
さっきまで森の中にいたはずなのに、木も草も焚き火も見当たらない。ただ、果てしなく白い空間が広がっている。
「……どう、なってんだ?」
寝起きの頭が上手く働かない。
ミオもラエルも、他の皆の姿も見えない。
俺が眠っている間に、一体何が――
「……いや、待て」
そこで、ふっと冷静さが戻った。
「これは……夢の中か」
考えてみれば当然だ。
いきなり世界が真っ白になるなど、現実で起こるはずがない。
試しに自分の腕を強くつねる。
……痛みはない。
「やっぱりな」
ここは夢。
そう理解した途端、少しだけ安心した。
――しかし。
夢にしては、あまりにも寂しい。
音も風も匂いもない、ただ白だけの空間。
こんな夢は生まれて初めてだ。正直、悪夢よりも居心地が悪い。
そのとき。
「―――、――、――――」
微かな声。
「……?」
霧のようなものが、いつの間にか白い空間に滲み出していた。
その向こうに、人影が立っている。
「燎原《りょうげん》の火、劫火《ごうか》、業火、瞋恚《しんい》の炎――!」
「ッ!」
聞き覚えのある声。
忘れるはずのない声。
「……お父、さん……」
霧が晴れていく。
そこに立っていたのは、業火剣《ヘルファード》を構える父の背中だった。
「業火滅却!」
――思い出した。
これは、あの日の光景。
俺の人生を決定的に変えた、あの瞬間。
「それはダメだ! お父さん!!」
夢だと分かっている。
結果が変わらないことも、理解している。
それでも、身体は勝手に動いた。
父のもとへ駆け寄ろうとする。
――しかし、近づけない。
見えない壁があるかのように、どれだけ手を伸ばしても届かない。
「くっ……!」
嫌だ。
もう、あの光景を見たくない。
せめて夢の中だけでも、救わせてくれ――
だが、願いは届かない。
父の背後で、影が蠢いた。
「……やめろ」
影が形を成す。
エイシャ。
鉤爪のように変形した腕を、父の心臓へと向けて――
「やめろ!!」
声は届かない。
身体も動かない。
「や゛めろぉぉぉぉぉぉ――!!」
――その瞬間。
「……ダメ」
「……んっ。んん……」
「サダメ?」
現実の声。
「……ミオ?」
目を開けると、ミオが心配そうに覗き込んでいた。
焚き火の橙色の光。
木々のざわめき。
夜の森の匂い。
――今度こそ、現実だ。
「……もう時間か?」
「う、うん……」
悪夢の余韻が胸に残る。
身体の疲労は取れているのに、妙に重い。
「はぁ……」
「だ、大丈夫?」
「うん。大丈夫だ」
「……それ、どっちの意味?」
「問題ないって意味」
ため息が出る。
ミオの表情がさらに不安そうになる。
――夢を引きずるな。
過去は変えられない。
「じゃあ私、他のみんなを起こしてくるね」
「いや、いい」
俺は首を振った。
「見張りは俺がやる。みんなはもう少し寝かせておいていい」
「えっ? 一人で大丈夫?」
「魔力感知がある。何かあればすぐ起こす」
戦力的にも、理にかなっている。
それに――もう眠る気分ではなかった。
「……わかった。じゃあお願いね」
「ああ。おやすみ」
「おやすみなさい、サダメ」
ミオは少し名残惜しそうに微笑み、ラエルの方へ戻っていった。
俺は欠伸を一つ噛み殺しながら、その背中を見送る。
夜は静かだった。
だが胸の奥では、まだ白い夢の残像がくすぶっていた。
――それでも、今は前を向くしかない。
そう自分に言い聞かせながら、俺は一人、見張りの夜に入った。