それから、さらに数百年の時が流れた。
正確な年月を知る術はない。
だが、この氷の牢へ己を閉じ込めてから――おそらく千年近い歳月が過ぎ去っているはずだった。
――まだ、か。
再び意識がゆっくりと浮上する。
目覚めるたび、胸中に浮かぶ思いはいつも同じだった。
迎えは、まだ来ない。
身体の状態は、もはや万全と言って差し支えなかった。
人類との死闘で刻まれた無数の傷はほぼ癒え、砕け散っていた鱗も元の輝きを取り戻している。
わずかに傷痕は残っているものの、それも意識して見なければ気付かぬ程度。
長く、果てしない治癒の時は、ようやく終わりを迎えようとしていた。
にもかかわらず――。
あの日以来、この場所を訪れた者は誰一人としていない。
眠りについていても、この氷に何らかの変化が生じれば即座に察知できる。
それほどまでに感覚は研ぎ澄まされていた。
だが、現実は残酷なまでに静かだった。
ただ、永遠にも思える静寂だけが流れ続ける。
氷に包まれたまま、穏やかな眠りを繰り返す日々。
――否。
穏やかすぎた、と言うべきか。
――所詮は、戯言だったか。
迎えどころか、様子を見に訪れることすらない。
あの謎めいた存在も、とうの昔に自分など忘れてしまったのだろう。
名も知らぬ相手と交わした約束だけが、虚しく時の中へ取り残されていた。
期待した自分が愚かだったのか。
その思いが、ゆっくりと心の奥底へ沈殿していく。
重く。
ただ、重く。
――ん……?
その時だった。
頭上から、ごく微かな異音が届く。
耳を疑うほど小さな音。
だが、それは確かに存在した。
氷が軋む音。
――誰だ?
意識を極限まで集中させる。
動かぬ首。
動かせぬ身体。
それでも視界の端は、確かに異変を捉えていた。
氷塊の表面に、一本の細い亀裂が走っている。
その瞬間、疑念は確信へと変わった。
間違いない。
何者かが、この氷へ干渉している。
千年近く、このようなことは一度たりともなかった。
あの赤き存在が現れた時でさえ、氷は傷一つ負わなかったというのに。
――……もしや、来たのか。
心臓が、大きく脈打つ。
交わした約束が脳裏によみがえり、沈み切っていた心に再び熱が灯る。
迎えが来た。
とうとう、この時が訪れたのだと。
――……いや。
待て。
次の瞬間、その高揚は違和感によって断ち切られた。
亀裂から、微量ながら魔力が流れ込んできたのだ。
それは、あまりにも――。
――この魔力は……。
覚えがある。
遠い昔。
決して忘れることのない記憶。
その瞬間、癒えたはずの古傷が鈍く疼いた。
――違う。
あやつではない。
即座に理解する。
これは、あの赤き存在の魔力ではない。
――人間。
忌まわしき種族。
かつて己を地の底へ叩き落とした者どもの力。
あの時感じた魔力よりは遥かに弱い。
だが、その本質は酷似していた。
全身を切り裂いた無数の刃。
その一太刀一太刀に宿っていた、人類特有の魔力。
間違えるはずがない。
あの赤き存在の魔力とは比べることすら烏滸がましいほど、矮小で浅薄な力。
それでもなお、その嫌悪すべき本質だけは同じだった。
――許せぬ。
胸に宿った希望が、音を立てて砕け散る。
その破片は、一瞬にして憎悪へと変わった。
――あやつらは……。
――絶対に、許せぬ!!
人類の魔力だと確信した瞬間、銀鏡の翼龍の奥底で眠り続けていた闘争本能が、一気に燃え上がる。
千年という歳月は、その怒りを風化させるどころか、なお深く、なお濃く熟成させていた。
再び、この身を傷つけようというのなら。
今度こそ――。
千年分の怨嗟と憤怒、そのすべてをもって、あやつらを滅ぼしてくれる。