――動け。
動け、動け。
動けぇぇぇぇぇぇ――!!
胸の奥底で燃え盛る復讐心が、凍てついていた血を再び熱へと変えていく。
意志は命令となり、その命令は肉体の隅々まで叩きつけられる。
動け。
動かなければならない。
氷に亀裂が入った以上、この牢獄はいずれ崩れ去るだろう。
だが――その「いずれ」を待てるほど、彼の忍耐はもはや残されていなかった。
憎き敵を、このまま見逃すことなど許されない。
たとえ今すぐ氷を砕く力が残っていなかったとしても。
一刻も早く、地上へ。
一刻も早く、あの忌まわしき種族の喉元へ。
たとえ今回現れた人間どもが、かつて己を地の底へ追い詰めた者たちとは別人であろうと関係ない。
同じ種族である限り、いずれ牙を剥く。
ならば――根絶やしにするほかあるまい。
あの日、骨身に刻み込まれた教訓。
どれほど弱き存在であろうと、油断すれば牙を剥く。
ならば情けは不要。
徹底的に。
完全に。
二度と立ち上がれぬほど叩き潰す。
――殺す。
絶対に……殺してやる!!
膨れ上がる殺意が魔力を揺さぶる。
凍てついた空間そのものが悲鳴を上げるように歪み始め、銀鏡の鱗は淡い輝きを放った。
封じ込めていた冷気と膨大な魔力が激しく衝突する。
――ミシッ。
氷が悲鳴を上げた。
一本。
また一本と、新たな亀裂が刻まれていく。
――うおおおおおおおおおおおおお!!!
全身の筋肉へ力を込める。
千年もの間、微動だにしなかった翼が、ほんの僅かに震えた。
その瞬間――。
パキッ。
小さな音が響く。
それは始まりに過ぎなかった。
ピシリ。
ピシリ。
ピシリピシリピシリッ――!!
無数の亀裂が蜘蛛の巣のように氷塊全体へ広がっていく。
止まらない。
止められない。
膨張する魔力に耐え切れず、千年の牢獄は崩壊を始めた。
そして――。
轟音。
氷塊は粉々に砕け散り、無数の氷片が吹き荒れる。
吹雪のような氷の嵐の中から、一つの巨大な影がゆっくりと姿を現した。
銀鏡の翼龍。
千年近く封じられていた伝説の存在が、ついに自由を取り戻した。
――ハァ……。
――ハァ……。
重く息を吐く。
翼をゆっくりと広げる。
四肢を伸ばす。
首を巡らせる。
筋肉が軋み、骨が鳴る。
その一つひとつの感覚が、失われていた時を取り戻すようだった。
動く。
思うままに。
翼も。
脚も。
尾も。
すべてが、自らの意思に応えてくれる。
忘れかけていた自由。
その感覚だけで、胸の奥に小さな歓喜が込み上げた。
――やっとだ。
やっと……私は自由になった。
だが、その喜びは長くは続かない。
脳裏を埋め尽くしたのは、ただ一つの感情。
憎悪。
人類。
小さく、脆く、そしてどこまでも執念深い害虫ども。
――待っていろ。
愚かで矮小な種族よ。
今度こそ教えてやろう。
誰に牙を剥いたのかを。
誰を怒らせたのかを。
二度と抗うという発想すら抱けぬほど、その魂へ刻み込んでやる。
ゆっくりと視線を上へ向ける。
頭上には、なお厚い氷の残骸が立ちはだかっていた。
だが。
もはや障害ではない。
翼を大きく広げる。
魔力が全身を包み込む。
一振り。
それだけで大気が震えた。
次の瞬間、銀鏡の翼龍は弾けるように飛び出す。
魔力を纏った巨体は残された氷をことごとく粉砕し、一直線に上空へと駆け上がった。
地上へ。
光ある世界へ。
そして――復讐の舞台へ。
すべては。
人類を滅ぼすために。
――――――――――
そして。
千年という時を超えた復讐者は、再び世界へ舞い戻る。
物語は――現在へと至る。