転生勇者が死ぬまで10000日   作:慶名 安

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第9章ー94

 話は戻る。

 

 サダメとマヒロ、二人の決死の一撃によって、銀鏡の翼龍はついに討ち倒された。

 

 「ハア……ハア……ハア……」

 

 なおも終わることのない落下。

 

 その最中、自分は微動だにしない銀鏡の翼龍の巨体を、ただぼうっと見つめ続けていた。

 

 ……本当に、終わったのか。

 

 体内で炸裂した火球。

 

 耳をつんざく断末魔。

 

 そして、力なく垂れ下がった首。

 

 理屈では理解している。

 

 あれほどの致命傷を受け、生きているはずがない。

 

 それでも相手は、千年もの時を生き延びた怪物だ。

 

 「まだ何かしてくるんじゃないか」

 

 そんな疑念が、頭の片隅からどうしても消えてくれなかった。

 

 「……だめ、サダメ!?」

 

 不意に、背後から焦った声が響く。

 

 「ッ!?」

 

 その声で、ようやく意識が現実へ引き戻された。

 

 そうだ。

 

 自分は一人じゃない。

 

 戦いが終わった今もなお、マヒロは背後から自分を支えるように抱き留めてくれていた。

 

 落下の衝撃や余波から守るためだろう。

 

 極度の緊張で意識が翼龍へ向いていたせいで、その存在を一瞬忘れかけていた。

 

 急に呼びかけられたことで心臓が大きく跳ねる。

 

 呼吸すら整わぬこの状態では、余計に寿命が縮みそうだった。

 

 「これ以上の深追いは危険でござろう。見た限り、あやつはもう動かぬ。ここいらで止めておくとしようぞ」

 

 マヒロの声音は、驚くほど落ち着いていた。

 

 まるで幾多の死線を越えてきた歴戦の武人のように、状況を冷静に見極めている。

 

 「……あ、ああ。そうだな」

 

 自分も素直に頷いた。

 

 翼龍の巨体は、このまま空洞の底へ落ちていくだろう。

 

 それでもなお、一切動く気配はない。

 

 仮に息があったとしても、もう戦える状態ではないはずだ。

 

 それに――。

 

 限界なのは、相手だけではなかった。

 

 両腕は痺れ、魔力はほぼ枯渇。

 

 体力も底をつきかけている。

 

 これ以上追えば、今度は自分たちが地面へ叩きつけられる番だった。

 

 「なれば、拙者に捕まっておるでござるよ。腕は大丈夫でござるか?」

 

 「お、おう……なんとか」

 

 そう答えたものの、実際はかなり危うい。

 

 拳を握ろうとしても感覚が鈍く、指先は思うように動かなかった。

 

 このままでは、支えるどころか自分の身体すら維持できそうにない。

 

 仕方なく体勢を入れ替える。

 

 今度は、自分がマヒロへしがみつく形になった。

 

 少しでも腕への負担を減らそうと、彼女の肩へ腕を回し、腰へ足を絡める。

 

 落ちないよう、必死に身体を密着させる。

 

 ……が。

 

 ふと冷静になる。

 

 この体勢、どう考えてもおかしい。

 

 まるで幼い子どもが母親へ抱きついているような格好ではないか。

 

 自分よりずっと華奢な少女に、成人した男が全力でしがみついている。

 

 客観的に見れば、なかなかに衝撃的な光景だ。

 

 ……大丈夫か、これ。

 

 色々な意味で。

 

 しかし、当のマヒロはそんなことなど一切気にしていなかった。

 

 平然と魔妖を構え、静かに告げる。

 

 「抜刀、【水龍】」

 

 青白い光が迸る。

 

 次の瞬間、水の刃が一直線に岩壁へ突き刺さった。

 

 ギャリギャリギャリ――。

 

 耳障りな音を立てながら岩肌を削り、激しかった落下速度が少しずつ削ぎ落とされていく。

 

 身体へ伝わる衝撃も徐々に弱まり、風圧も穏やかになっていった。

 

 「……ふぅ」

 

 やがて、水龍は岩壁へ深く食い込み、二人の身体はゆっくりと停止する。

 

 途中、何度も滑り落ちそうな不安が胸をよぎった。

 

 だが、マヒロの腕は最後まで微塵も揺らぐことはなかった。

 

 ――助かった。

 

 張り詰めていた全身から、一気に力が抜ける。

 

 安堵が、静かに身体を満たしていった。

 

 その、次の瞬間だった。

 

 ――――ドォォォォォン!!

 

 遥か下方から、凄まじい轟音が空洞全体を震わせる。

 

 銀鏡の翼龍の巨体が、ついに大地へ激突したのだ。

 

 重く。

 

 深く。

 

 その衝撃音は、千年という長き因縁に終止符を打つ鐘の音のように、闇深き空洞の果てまで響き渡っていた。

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