話は戻る。
サダメとマヒロ、二人の決死の一撃によって、銀鏡の翼龍はついに討ち倒された。
「ハア……ハア……ハア……」
なおも終わることのない落下。
その最中、自分は微動だにしない銀鏡の翼龍の巨体を、ただぼうっと見つめ続けていた。
……本当に、終わったのか。
体内で炸裂した火球。
耳をつんざく断末魔。
そして、力なく垂れ下がった首。
理屈では理解している。
あれほどの致命傷を受け、生きているはずがない。
それでも相手は、千年もの時を生き延びた怪物だ。
「まだ何かしてくるんじゃないか」
そんな疑念が、頭の片隅からどうしても消えてくれなかった。
「……だめ、サダメ!?」
不意に、背後から焦った声が響く。
「ッ!?」
その声で、ようやく意識が現実へ引き戻された。
そうだ。
自分は一人じゃない。
戦いが終わった今もなお、マヒロは背後から自分を支えるように抱き留めてくれていた。
落下の衝撃や余波から守るためだろう。
極度の緊張で意識が翼龍へ向いていたせいで、その存在を一瞬忘れかけていた。
急に呼びかけられたことで心臓が大きく跳ねる。
呼吸すら整わぬこの状態では、余計に寿命が縮みそうだった。
「これ以上の深追いは危険でござろう。見た限り、あやつはもう動かぬ。ここいらで止めておくとしようぞ」
マヒロの声音は、驚くほど落ち着いていた。
まるで幾多の死線を越えてきた歴戦の武人のように、状況を冷静に見極めている。
「……あ、ああ。そうだな」
自分も素直に頷いた。
翼龍の巨体は、このまま空洞の底へ落ちていくだろう。
それでもなお、一切動く気配はない。
仮に息があったとしても、もう戦える状態ではないはずだ。
それに――。
限界なのは、相手だけではなかった。
両腕は痺れ、魔力はほぼ枯渇。
体力も底をつきかけている。
これ以上追えば、今度は自分たちが地面へ叩きつけられる番だった。
「なれば、拙者に捕まっておるでござるよ。腕は大丈夫でござるか?」
「お、おう……なんとか」
そう答えたものの、実際はかなり危うい。
拳を握ろうとしても感覚が鈍く、指先は思うように動かなかった。
このままでは、支えるどころか自分の身体すら維持できそうにない。
仕方なく体勢を入れ替える。
今度は、自分がマヒロへしがみつく形になった。
少しでも腕への負担を減らそうと、彼女の肩へ腕を回し、腰へ足を絡める。
落ちないよう、必死に身体を密着させる。
……が。
ふと冷静になる。
この体勢、どう考えてもおかしい。
まるで幼い子どもが母親へ抱きついているような格好ではないか。
自分よりずっと華奢な少女に、成人した男が全力でしがみついている。
客観的に見れば、なかなかに衝撃的な光景だ。
……大丈夫か、これ。
色々な意味で。
しかし、当のマヒロはそんなことなど一切気にしていなかった。
平然と魔妖を構え、静かに告げる。
「抜刀、【水龍】」
青白い光が迸る。
次の瞬間、水の刃が一直線に岩壁へ突き刺さった。
ギャリギャリギャリ――。
耳障りな音を立てながら岩肌を削り、激しかった落下速度が少しずつ削ぎ落とされていく。
身体へ伝わる衝撃も徐々に弱まり、風圧も穏やかになっていった。
「……ふぅ」
やがて、水龍は岩壁へ深く食い込み、二人の身体はゆっくりと停止する。
途中、何度も滑り落ちそうな不安が胸をよぎった。
だが、マヒロの腕は最後まで微塵も揺らぐことはなかった。
――助かった。
張り詰めていた全身から、一気に力が抜ける。
安堵が、静かに身体を満たしていった。
その、次の瞬間だった。
――――ドォォォォォン!!
遥か下方から、凄まじい轟音が空洞全体を震わせる。
銀鏡の翼龍の巨体が、ついに大地へ激突したのだ。
重く。
深く。
その衝撃音は、千年という長き因縁に終止符を打つ鐘の音のように、闇深き空洞の果てまで響き渡っていた。