「う゛っ!?」
銀鏡の翼龍の巨体が地面へ激突した、その直後だった。
空洞の底から、遅れて凄まじい衝撃波が吹き上がる。
――ドゴォォォォォッ!!
轟音と共に巻き起こった暴風が、巨大な獣の咆哮のように空洞全体を震わせた。
岩壁が唸る。
砕けた氷片が激しく舞い上がる。
暴風は容赦なく自分たちの身体を呑み込み、宙へと持ち上げようと襲いかかってきた。
「……っ!」
落ちる。
その直感が全身を駆け巡る。
考えるよりも早く、自分はマヒロへさらに強くしがみついていた。
肩へ回した腕に力を込める。
腰へ絡めた脚にも力を入れる。
少しでも力を緩めれば、その瞬間に奈落へ叩き落とされる。
彼女の頬がすぐ隣にある。
吐息すら届きそうな距離。
だが今は、そんなことを意識している余裕など微塵もない。
ただ、生き残る。
その一心だった。
数秒。
いや、体感では何十秒にも感じられるほど長い時間。
暴風は荒れ狂い続けた。
やがて。
何事もなかったかのように風は収まり、空洞は再び静寂へ包まれる。
「……はぁ」
肺の奥に溜まっていた息を、大きく吐き出した。
危なかった。
もしここで落ちていたら、本当に助からなかっただろう。
マヒロがいてくれなければ、今頃自分は奈落の底で翼龍の死体と仲良く潰れていたに違いない。
「サダメ、大丈夫でござるか?」
耳元で、いつも通りの穏やかな声が響く。
「あ、ああ……。悪い、マヒロ。苦しくないか?」
「問題ござらん。なんなら一日中このままでも構わんでござるよ」
「いや、それは流石に俺が別の意味で限界を迎えるから。遠慮しとく」
「おろ? そうでござるか?」
冗談とも本気ともつかない返事に、思わず苦笑が漏れた。
突風に煽られた勢いで、さっきよりもさらに強く抱きついてしまったのは事実だ。
それでも、当の本人はまるで意に介していない。
……いや。
本当に気にしていないのだろう。
こういうところが、マヒロという人間らしい。
「して、これからどうするかでござるな。ずっとこの場へ留まっておるわけにもいかぬ。しかし、この場から動こうにも……」
その言葉で、現実へ意識が引き戻される。
自分の両腕はまだ痺れたまま。
マヒロも片手で水龍を岩壁へ突き立て、ようやく二人の身体を支えている状態だ。
このままでは、いずれ体力も尽きる。
――誰かに助けを呼ばなければ。
そう考えた、その時だった。
「おーーーい!! 大丈夫かーーーい!?」
上方から、大きく聞き慣れた声が響いた。
「ッ!? この声……ソンジどのー!?」
マヒロが即座に叫び返す。
見上げる。
崖の縁には、いくつもの人影があった。
ソンジ。
フィー。
ギリスケ。
ミオ。
仲間たちが身を乗り出し、必死にこちらへ手を振っている。
『二人とも! 今助けるから、ちょっと待っててねーー!!』
続いて響いたのはフィーの声だった。
その手には、例の巻き取り機がしっかりと握られている。
「うむ! かたじけぬー!!」
マヒロも負けじと大声で返事を返した。
その様子を見ながら、自分は思わず感心する。
あれだけ無茶苦茶な使い方をされたというのに、まだ壊れていないとは。
随分と頑丈な魔道具だ。
ほどなくしてロープが降ろされる。
マヒロは器用にそれを掴み、仲間たちも力を合わせて巻き上げていく。
ゆっくりと。
だが確実に。
二人の身体は奈落から引き上げられていった。
こうして――。
サダメとマヒロは、銀鏡の翼龍が穿った深い空洞から、無事生還を果たした。
伝説の魔物との死闘。
満身創痍となった仲間たち。
それでも、誰一人欠けることなく生き延びた。
それは、まさに奇跡と呼ぶべき勝利だった。
少なくとも。
この時の自分たちは、そう信じて疑わなかった。
……だが。
その安堵は、あまりにも短かった。
この直後。
誰一人として想像だにしなかった最悪の事態が、自分たちを待ち受けていたのだから。
――転生勇者が死ぬまで、残り3912日