サダメたちが迷宮へ足を踏み入れてから、およそ一時間が経った頃。
探索の途中で一息ついていた時のことだった。
「そういえばソンジさんって、
休憩しながら、ふと思い出した疑問を口にする。
今回の探索にソンジが同行している理由。
それは、研究に必要な資源を確保するため――そう聞いていた。
ところが、実際のところはどうだ。
ここまでの一時間、ソンジはずっと地図を片手に先導しているだけ。
壁を削る様子もなければ、鉱石を探して立ち止まることもない。
寄り道すら一度もしていない。
あまりにも効率的。
いや、効率的すぎる。
目的を考えれば、むしろ不自然なくらいだった。
――もしかして。
素材集めというのは建前で、何か別の目的でもあるのか?
そんな疑念が頭をよぎった。
「ん?」
ソンジが顔を上げる。
少しだけ目を丸くした後、何かを思い出したように「ああ」と頷いた。
「ああ、それなら問題ないよ。素材はバッチリ確保済みだから」
「……は?」
思わず間の抜けた声が出た。
確保済み?
いつ?
どこで?
自分が疑問符を大量に浮かべていると、ソンジは不思議そうに首を傾げる。
「? どういうことですか?」
そう尋ねた瞬間。
待ってましたと言わんばかりに、ソンジの口角がニヤリと吊り上がった。
「実はね、こっそりこれを使ってたんだ」
そう言って、懐から取り出したのは――。
黒く、薄い、小さな板状の物体。
手のひらに収まる程度の大きさで、表面には何やら細かな魔法陣のような模様が刻まれている。
見た目だけなら、ただの石板。
あるいは、少し変わった形をした鏡にも見える。
それ以上でも、それ以下でもない。
「……なんですか、それ?」
思わず尋ねる。
どう見ても普通の板だ。
少なくとも、自分にはそうとしか見えない。
「これはね、転送装置を作った時に思いついた代物でねー」
ソンジは得意げに胸を張った。
どうやら、ここからが自慢タイムらしい。
「壁や地面に設置すると、自動的に素材を回収してくれる魔道具なのだ!」
「自動的に?」
「そうそう。しかも、あらかじめ欲しい素材を設定しておけば、あとは適当な場所にポイポイ置いておくだけ。設置した周囲から対象の素材を探し出して、必要なものだけを選別して回収してくれるのだよ」
「……」
「さらに、設置した場所も全部記録してあるから、帰りに回収するのも簡単。どう? 便利でしょ?」
「へー……凄いっすね」
思わずそう返した。
正直なところ、説明の半分も理解できていない。
だが――。
とにかく、とんでもない代物だということだけは分かった。
「おっ、なんか久しぶりに素直に褒められた気がする」
ソンジは嬉しそうに笑った。
その表情は、自分で作った新しい玩具を見せびらかす子どものようだった。
どうやらこの板――正式名称は知らないが、要するに素材自動回収装置ということらしい。
事前に欲しい鉱石や魔導素材を登録しておけば、設置した場所の周辺から対象となる素材だけを探し出し、自動で回収してくれる。
――クラフト系のゲームに出てくる自動採掘機じゃん。
いや。
下手をしたら、それ以上だろこれ。
人がわざわざ採掘しなくてもいい。
探す必要すらない。
欲しい素材を設定して放置しておくだけ。
これが本当に実用化されているなら、鉱山や迷宮での資源採取という概念そのものが変わりかねない。
便利すぎる。
便利すぎるが――。
同時に、背筋が少し寒くなった。
この人。
本気で研究に人生を懸けているタイプだ。
便利なものを作るためなら、常識の斜め上を平然と突っ走っていく。
改めてそう思わされた。
『ん? でも、それって転送装置が元なんだよね?』
感心半分、呆れ半分で考え込んでいると、フィーが首を傾げながら口を挟んだ。
『ってことは……回収した素材、どこかに転送してるってこと?』
「ああ、その通り」
ソンジは人差し指をピンと立てる。
「転移先は、私の研究室にある倉庫に指定してあるから問題ナッシーング! あそこは基本的に他の人は立ち入り禁止だし、適当に放置してても大丈夫大丈夫」
あはは、と軽い笑い声。
まるで「買い物した荷物を宅配便で自宅へ送っているだけ」とでも言わんばかりの気軽さだった。
「……なるほど」
確かに理屈としては完璧だ。
迷宮で素材を回収する。
↓
その場から研究室の倉庫へ転送する。
↓
帰還した後、倉庫から取り出す。
これなら大量の素材を持ち運ぶ必要もない。
探索の効率としては、恐ろしく高い。
……ただ。
「本当に大丈夫なんですか、それ?」
なんとなく、もう一度確認してしまう。
「大丈夫大丈夫。何か問題があったことなんて一度もないから」
ソンジは笑って答えた。
その時の彼女は、本当に何の疑いも抱いていなかった。
便利な魔道具を作った。
それを使って素材を集めている。
ただ、それだけ。
――だが。
この時のソンジは、まだ知らなかった。
自分が「便利だから」という理由だけで迷宮へ放置した、その小さな魔道具が。
そして、そこから何気なく運び込まれていく大量の素材が。
後に、彼女自身ですら予想していなかった、とんでもない事態を引き起こすきっかけになることを。
それが、この時の誰にも知る由のない未来だった。