それから三十分後。
特に何事も起こらないまま、穏やかな時間が過ぎていた。
「よし。そろそろ出発するぞー」
ラエルの合図で、自分とミオは再び魔道馬《ソーサ・ホース》に跨る。
他の子供たちも、まだ眠そうな顔のまま荷馬車へ乗り込んでいった。
「んー……まだ眠いよぉ……」
「馬車の中でも寝られるだろ。ほら、もう少しだけ頑張れ」
「んー……」
ラエルは優しく声をかけながら、子供たちを順に馬車へ誘導していく。
無理に急かすでもなく、しかし迷わせない手際の良さ。
最年長として自然に皆をまとめている姿に、思わず感心してしまった。
――自分だったら、ここまで上手くできるだろうか。
多分、無理だな。
これが“兄貴肌”というやつなのだろう。
「全員乗ったな? よし、出発するぞー!」
「「はーい!」」
ラエルが御者席に座り、馬車を走らせる。
それに合わせて、自分も魔道馬を進ませた。
◆
そこからさらに三十分ほど走り続けた。
仮眠は短かったはずなのに、思いのほか頭は冴えている。
眠気もほとんどない。
――やはり、少しでも目を閉じるだけで違うものだ。
「ねえ、サダメ」
背後からミオの声がする。
「ん? どうした?」
「魔物の人たち、全然追ってこないね?」
「……ああ、そうだな」
ミオの言葉に、ふと後方を振り返る。
闇の森が流れていくだけで、追手の姿は見えない。
馬と徒歩では速度が違いすぎる。
よほど特殊な移動魔法でも使わない限り、追いつくのは不可能なはずだ。
――魔法、か。
その単語を思った瞬間、嫌でも脳裏に浮かぶ。
白い夢。
父の背中。
エイシャの影。
(……あいつは、あの時どこにいた?)
ドレーカ村が襲われていた最中、
エイシャは本当に「偶然」あの場に現れなかったのか?
タイミングが良すぎる。
まるで、最初から“別の場所で何かをしていた”かのように――。
「……サダメ?」
「ッ!?」
考え込んでいた意識が、現実へ引き戻される。
ミオが、不安そうにこちらを見上げていた。
「大丈夫? なんか、怖い顔してたよ?」
「あ、いや、大丈夫だ。ちょっと考え事してただけ」
「ひょっとして、まだ眠い? 悪い夢でも見たの?」
「……悪い夢は見たけど、もう平気だよ」
そう答えた瞬間、
夢の最後の光景が再び脳裏をよぎる。
――黒い影。
背後から伸びる殺意。
そのイメージに引っ張られるように、
自分の視線が、前方の馬車へ――正確には、その“影”へと向かった。
◆
――影が、動いていた。
月明かりに伸びる馬車の影。
だが、その形が、微かに“波打っている”。
風もない。
木々も静かだ。
なのに、影だけが生き物のように蠢いている。
「ッ……!?」
背筋に冷たいものが走る。
「ラエル!! その馬車から全員――」
叫ぼうとした、その瞬間。
影が、跳ね上がった。
「『【黒影《ダーシャ》多槍《メニスピア》】』」
低く、耳障りな声。
次の刹那――
馬車の影から無数の黒い槍が噴き出し、
荷馬車を、そしてそれを引く魔道馬ごと――
――串刺しにした。