それから約一分後。
女子生徒の下着を片手に握りしめながら、薄暗い保管庫を歩き回る男がいた。
傍から見れば、あまりにも異様な光景である。
だが――当の本人であるライラックは、そんなことなど微塵も気にしていなかった。
むしろ気になっているのは、先ほどから増え続けている足元の物体の方だ。
「ん? ……なんか、やたら足元に物が増えてきたな」
月光蝶の淡い光を向ける。
照らし出された床には、色とりどりの鉱石や、大小さまざまな木材、見慣れない金属片などが無造作に転がっていた。
どれも魔力を帯びている。
どう見ても、研究に使う素材だ。
「研究素材か? ったく……こんなに散らかしたら、必要な時に取り出せなくなるだろ」
ライラックは眉間に皺を寄せる。
几帳面な性格である彼にとって、この惨状は到底看過できるものではなかった。
しかも、先ほど拾った下着まである。
「帰ってきたら、整理整頓もさせないとな」
もはや完全に、教師としての説教モードに入っていた。
素材を踏まないよう慎重に足を進めながら、ライラックの脳内ではすでに未来の説教内容が組み立てられていく。
研究室の整理整頓。
使用した魔道具の管理。
無断で設置した転移装置について。
そして――下着をその辺に放置していた件。
「……いや、説教することが多すぎるな」
自分で考えておきながら、思わずため息が漏れる。
その時だった。
――ドンッ!
「いたっ!?」
突然、頭上から何かが落下してきた。
硬い感触が脳天を直撃し、ライラックは思わずその場にしゃがみ込む。
「っ……! 何だ、今のは……」
頭をさすりながら、すぐさま月光蝶を上へ向ける。
そこで、ようやく気が付いた。
天井に――小さな板状の魔道具が貼り付いている。
「……あれは」
見覚えがある。
先ほど研究室で見つけたものと、ほとんど同じ形状だ。
転移装置。
そして、その装置の下から――。
ポロ。
小さな石が一つ落ちる。
続いて、別の鉱石が落下。
さらに木材の欠片まで。
「……まさか」
ライラックの顔が引きつる。
天井を見上げたまま、ゆっくりと状況を整理していく。
研究室に設置されていた転移装置。
この保管庫へ繋がっていた転移魔法陣。
そして、床に散乱する大量の研究素材。
そこへ今なお、絶え間なく落ちてくる物資。
点と点が、一つに繋がった。
「……この転移装置、迷宮と繋がっているのか?」
そう考えれば、すべての辻褄が合う。
ソンジは現在、サダメたちと共に迷宮へ向かっている。
そして彼女が研究素材を回収するために使用している装置が、ここへ素材を転送している。
つまり――。
「……まさか、今も回収し続けているのか?」
答えは、目の前の光景が示していた。
ポロッ。
また一つ、鉱石が落ちてくる。
「……」
ライラックは無言で天井を見上げる。
嫌な予感しかしない。
そして、その予感は――。
「……おいおい」
次の瞬間、現実のものとなった。
――ドサッ!
先ほどよりも大きな鉱石が落下する。
ライラックは慌てて横へ飛び退いた。
ドゴンッ!!
鉱石が床に叩きつけられ、鈍い音を響かせる。
「……危ないな」
額に青筋が浮かぶ。
どうやらソンジは、素材の投下地点を保管庫の天井に設定しているらしい。
しかも――。
「まさか、安全確認もせずに設置したんじゃないだろうな……?」
嫌な想像が頭をよぎる。
もし今の鉱石が、もう少し大きかったら。
もし頭ではなく身体に直撃していたら。
――普通に大怪我である。
「これは、すぐに止めた方がいいな」
ライラックは天井の転移装置へ向かって駆け出した。
装置を停止させる。
少なくとも、これ以上物が落ちてこないようにする。
そう考えた、その瞬間だった。
――ゴゴゴゴゴゴ……。
「……ん?」
何かがおかしい。
音がする。
しかも――先ほどまでとは比べ物にならないほど大きい。
「まさか……」
ライラックが天井を見上げる。
次の瞬間。
――ドドドドドドドドドッ!!
「おわあぁぁぁぁっ!?」
大量の鉱石と木材が、一斉に降ってきた。
まるで小規模な岩雪崩。
いや、もはや小規模と呼ぶにはあまりにも酷い。
「ちょっ……待て! 待て待て待て!!」
逃げ場がない。
左右には壁。
背後にも大量の素材。
正面には、容赦なく迫り来る物量。
「くっ……!」
判断は一瞬だった。
ライラックは即座に魔力を練り上げる。
「――魔力障壁!」
瞬時に、自身の身体を覆う簡易結界が展開された。
直後――。
ドガァンッ!!
鉱石が結界へと激突する。
ガンッ!
ドゴッ!
バキッ!
凄まじい衝撃が連続して結界を襲う。
「ぐっ……!」
結界が軋む。
魔力を注ぎ込み、なんとか耐える。
しかし――。
「くそっ……長くは持たんぞ!」
結界に亀裂が走った。
一本。
二本。
そして――。
パリンッ!
簡易結界が砕け散る。
「なっ――!?」
その直後。
コツン。
最後に落ちてきた小石が、妙に丁寧な軌道でライラックの頭へ命中した。
「…………」
痛みは、大したものではない。
だが――。
ライラックは動かなかった。
床一面に積み上がった大量の素材。
天井に貼り付いた転移装置。
そして、今なお時折聞こえてくる――。
ポロ。
ポロッ。
という落下音。
「…………」
しばしの沈黙。
やがて。
「……帰ってきたら」
低い声が、保管庫に響いた。
「たっっっぷり説教しておかないとな」
静かな声音だった。
だが、その声には明確な怒りが込められていた。