転生勇者が死ぬまで10000日   作:慶名 安

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第10章ー5

 『うぅ……十六にもなって漏らしちゃうとは思わなかったよー。滅茶苦茶ハズい……』

 

 「ま、まあ、あんな目に遭ったんだから仕方ないよ」

 

 「そうそう。恥じることじゃないよ」

 

 自分とギリスケが結界の外側を向いて座っていると、背後から女子たちの会話と衣擦れの音が聞こえてくる。

 

 どうやら、着替えが本格的に始まったらしい。

 

 『……』

 

 本来なら、今は周囲の監視に集中するべきだ。

 

 結界の外には、薄暗い氷の迷宮が広がっている。

 

 銀鏡の翼龍が消えたことで冷気はかなり弱まっているとはいえ、ここが迷宮の深部であることに変わりはない。

 

 いつ、どこから魔物が現れるか分からない以上、少しの変化も見逃さないようにしておく必要がある。

 

 ――なのだが。

 

 今のところ、外側にはこれといった変化がない。

 

 魔物の気配もない。

 

 異常な音も聞こえない。

 

 そして何より。

 

 隣に座っているギリスケが、妙に大人しい。

 

 普段なら、こういう状況でこそ何かしら余計なことを言い出すはずなのに。

 

 まるで置物のように、黙って前だけを見ている。

 

 そのせいもあって。

 

 どうしても、背後の会話が耳に入ってしまう。

 

 やましい気持ちは――たぶん、ない。

 

 ……ないはずだ。

 

 ただ、こうして女子たちの着替え中に背を向けて座っていると、まるで盗み聞きしているような気分になってくる。

 

 耳を塞げばいいのかもしれない。

 

 だが、そうすると逆に「聞こうとしている」みたいで不自然な気もする。

 

 だから結局、そのまま何もせずに耐えるしかない。

 

 うっかり会話に反応したり、振り向いたりしないように、必死で自制する。

 

 そんな中――。

 

 「……ソンジさん、上は履いてなかったんですか?」

 

 「ん? ああ。研究室で着替えようとしてたら、どっか行っちゃってね。探す時間もなかったし、別にいっかなって。Aカップだから、あんま気にしてないし」

 

 「いや、気にしないとダメですよ!?」

 

 「……」

 

 待て。

 

 今、結構とんでもない会話が聞こえた気がするんだが?

 

 思わず反応しそうになる。

 

 だが、寸前で堪えた。

 

 振り向くな。

 

 聞かなかったことにしろ。

 

 何も聞いていない。

 

 自分は今、迷宮の監視をしているだけだ。

 

 そう自分に言い聞かせる。

 

 しかし、どうしたものか。

 

 緊張が少しずつ解けてきたからなのか、女子たちはいつの間にか、わいわいと談笑しながら着替えを進めている。

 

 それ自体は別にいい。

 

 極限状態を乗り越えたばかりなのだから、こうして少しでも笑える余裕が戻ってきたのは喜ばしいことだ。

 

 ただ――。

 

 会話の内容が、男子二人の存在を完全に忘れているレベルで自由すぎる。

 

 というか。

 

 あの人……本当に着けてなかったんだな。

 

 マジで冗談かと思ってた。

 

 そんなことを考えていると、また背後から声が聞こえてくる。

 

 「であれば、拙者の晒、使うでござるか?」

 

 「お? いいねー! 実はちょっと興味あったんだよねー!」

 

 『あっ。なら私もやってみようかな? マヒロちゃん、巻き方教えてくれる?』

 

 「おー! 二人が興味を持ってくれて感無量! フィー殿、拙者に任せよ!」

 

 『やったー。ねー、せっかくだしミオもやってみない?』

 

 「ええ? 私も?」

 

 「こんな機会も滅多にないし、いいんじゃないかい? 皆でやろーよ!」

 

 「じゃ、じゃあ今日だけなら……」

 

 『いえーい! サラシガールズ結成ー!』

 

 「……」

 

 いや、何が結成されてるんだよ。

 

 思わず心の中でツッコむ。

 

 さっきまで死ぬかもしれない状況だったんだぞ?

 

 銀鏡の翼龍と死闘を繰り広げて。

 

 全員が満身創痍になって。

 

 ようやく安全な場所で休めるようになったと思ったら。

 

 今度はサラシガールズ結成である。

 

 ……いや、元気になったのはいいことなんだけどさ。

 

 背後から聞こえてくる楽しげな声。

 

 衣擦れの音。

 

 はしゃぐ笑い声。

 

 それらすべてが、今の自分にとっては精神力を試す罠のように感じられる。

 

 ぶっちゃけ。

 

 気にならないと言えば、嘘になる。

 

 だからこそ困る。

 

 ここで少しでも意識を向けた時点で、男として負けな気がする。

 

 いや、そもそも聞くつもりはない。

 

 聞くつもりはないのだが――。

 

 聞こえてしまうものは、どうしようもない。

 

 ……そういうことにしておこう。

 

 そして、もう一つ。

 

 この会話をギリスケが黙って聞き流せるとは思えない。

 

 あいつの性格を考えれば、いつ暴走してもおかしくない。

 

 むしろ、今まで何も言わずに大人しくしていること自体が不自然だ。

 

 ――と思い、ふと隣を見る。

 

 「……ん?」

 

 ギリスケは微動だにしていなかった。

 

 外側をじっと見つめたまま、ピクリとも動かない。

 

 「……」

 

 あまりにも静かだ。

 

 普段のギリスケなら、絶対に何か言っている。

 

 「おい、サダメ、今の聞いたか?」だとか。

 

 「なあなあ、ちょっとだけ振り向いてみない?」だとか。

 

 そういう余計なことを言って、こちらに怒られている姿が容易に想像できる。

 

 なのに。

 

 今は何も言わない。

 

 呼吸すら止まっているように見える。

 

 「……」

 

 一瞬、寝ているのかと思った。

 

 だが――。

 

 すぐに異変に気づいた。

 

 ギリスケの目が、妙に見開かれている。

 

 そして。

 

 その顔には、今まで見たことがないほどの真剣な表情が浮かんでいた。

 

 「……おい」

 

 小声で呼びかける。

 

 反応がない。

 

 「ギリスケ?」

 

 やはり、動かない。

 

 まさか――。

 

 「……お前」

 

 嫌な予感がした。

 

 こいつ。

 

 まさか、聞こえている会話に全神経を集中させて――。

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