「全く。油断も隙もないんだから」
「……すいませんでした」
あれから、大体一時間ほど経っていた。
あのミオの風魔法による一撃で、自分とギリスケは揃って意識を飛ばされていたらしい。
目を覚ましたときには、結界の中にはすでに食事が用意されていた。
シンプルなスープにパン。
それから、干し肉を柔らかく煮込んだ料理。
湯気がふんわりと立ち上り、疲れ切った身体を刺激するような香りが漂っている。
腹は減っていた。
死ぬような戦いを終えた直後なのだから、当然と言えば当然だ。
――なのだが。
「……」
周囲の空気は、微妙に重かった。
というか。
かなり気まずい。
俺とギリスケは結界の隅に座らされ、肩身の狭い思いをしながらスープを啜っていた。
視線を合わせるのも、なんとなく避けたくなる。
特にミオ。
さっきからチラチラとこちらを見てくるのだが、その視線が妙に刺さる。
「……」
怖い。
何も言わないのが、逆に怖い。
フィーはそんな俺たちを見て苦笑いを浮かべている。
マヒロはというと、まるで何事もなかったかのようにパンを齧っていた。
そしてソンジさんは――。
「……ふふ」
いつからかってやろうか、と言わんばかりにニヤニヤしている。
絶対楽しんでるだろ、この人。
まあ、食べないわけにもいかない。
俺は何も考えないようにしながら、黙々とスープを口へ運ぶ。
味は悪くない。
むしろ、疲れ切った身体にはありがたいくらいだ。
それなのに。
なんだか喉を通りにくい。
「ホントだぜ。誰かさんのせいで、俺まで巻き添え食らっちまったし」
隣から、ギリスケの恨み言が飛んでくる。
「どの口が言ってんだ。元々、お前が氷面で覗こうとしてたのが悪いんだろうが」
「うるせぇ! この役得野郎め! てめーだけいい思いしやがって!」
「どこがだよ!? 俺だって腹に直撃くらってんだぞ!」
自分の横で、ギリスケがスープを啜りながらブツブツと愚痴をこぼしている。
元を辿れば、こいつの変態行為がすべての発端だ。
それなのに、なぜか俺への逆恨みがどんどんエスカレートしている。
意味が分からん。
そもそも、お前が興奮して抵抗したせいで俺が後ろに倒れたんだぞ?
その結果、俺まで彼女たちの着替え中の姿を真正面から見てしまった。
それを「いい思い」だと?
いや。
確かに、一瞬だけ視界に入ってしまった。
だが、その直後にはミオの風魔法で吹き飛ばされた。
むしろ俺にとっては、そっちの方が強烈な記憶として残っている。
「……」
ふと、ギリスケの顔を見る。
目が血走っている。
こいつ、本気で妬んでるのか?
「もお、サダメお兄ちゃんってば~! ソンジの裸が見たいなら、言ってくれればいいのに~! な・ん・な・ら~、どこか二人っきりで見せ合いっこでもしてあげよっか~?」
「ソンジさん!?」
「……すいません」
そんな俺たちの小競り合いに、まるでタイミングを計ったかのようにソンジさんが割り込んできた。
しかも。
いつもの天然ボケかと思いきや、今日は妙に声のトーンが違う。
妙に甘ったるい。
冗談を言っているようには聞こえる。
だが――。
目が、少しだけ本気で輝いている。
冗談の皮を被った本音が、ほんの少しだけ漏れ出しているような。
そんな気がした。
「……」
ミオがソンジさんを見る。
ソンジさんもミオを見る。
ほんの一瞬。
場が静まり返った。
そして。
「……あっ」
何かを察したらしいソンジさんが、小さく声を漏らした。
「……ごめんなさい」
慌てて頭を下げる。
どうやら、流石のソンジさんもミオの視線には逆らえなかったようだ。
しょんぼりした表情でスープへ戻る。
……のだが。
よく見ると、口元がほんの少しだけ緩んでいる。
「……」
今の。
けっこうマジだったな。
俺はそう確信した。
「……はあ」
そんな中、ミオが大きくため息を吐いた。
「私の魔力もだいぶ回復してきましたし、これを食べたらすぐ行きますからね! もうこれ以上、無駄な騒ぎは起こさないでくださいよ」
「「はい」」
俺とソンジさんが、ほぼ同時に返事をする。
ついにミオが仕切り役を買って出た。
その声には、いつもの落ち着いたクールさがある。
だが、その奥には明らかな疲労と諦めが混じっていた。
今のミオは、なんというか。
どことなく「おかん」味が強い。
長く一緒に生活してきたからこそ分かる。
こういうモードのミオは、本気でイライラしている証拠だ。
反論なんてできるはずもない。
俺とソンジさんは、揃って小さく頷いた。
「……」
ギリスケだけは、まだ何か言いたそうにしている。
だが、ミオの視線を受けた瞬間、黙ってスープを啜り始めた。
どうやら、こいつも学習したらしい。
……たぶん。
こうして、食事を続けながら今後の方針を確認する。
ミオの魔力は順調に回復している。
俺たちも最低限動ける程度には身体が戻ってきた。
それならば、ここに長居する理由はない。
食事が終わり次第、この空洞を出る。
――いや。
正確には、出発する。
外には、まだ凍てつく寒さが残っている。
氷の大地も、完全に安全になったわけではない。
魔物が再び集まってくる可能性もある。
それでも。
「……まあ」
俺は小さく息を吐いた。
この気まずい空気の中に居続けるくらいなら、外の寒さの方がまだマシだろう。