「ッ!? 滅んだ?! どうしてですか?!」
思わず声が出た。
その言葉だけは、どうしても聞き流すことができなかった。
滅んだ。
先ほどまで語られていた吸血鬼族という存在が、すでにこの世界から消えたという事実。その一言が、妙に引っかかった。
「私も、昔の書物を読んだ程度の知識しか持っていなくてね」
ライラック先生は、少し困ったように眉を寄せる。
「なぜ滅んだのか。その決定的な理由までは記されていなかったと記憶している。ただ――」
先生はそこで一度言葉を切った。
そして、教室全体を見渡してから、静かに続ける。
「この五百年の間に、吸血鬼族が“目撃された”という記録は、私の知る限りで三十五件。確認された個体数は四十七体。その被害者数は、累計で千人以上にのぼるとされている」
教室が、一気にざわついた。
「……四十七人で、千人以上?」
ギリスケが、呆然とした様子で呟く。
「まあ、単純に言えばそういうことになるね」
「……ヤバすぎだろ」
誰かが小さく漏らした言葉に、周囲からも息を呑むような気配が伝わってくる。
四十七体。
たったそれだけの数で、千人以上もの人間が犠牲になった。
いや。
被害者という表現すら、生温いのかもしれない。
吸血鬼族が人間の血を糧とする存在だというのなら、その千人以上は――捕食されたのだ。
そう考えると、背筋に冷たいものが走った。
五十にも満たない数の魔物が、それだけの被害を生み出した。
それだけでも、吸血鬼族がどれほど危険な存在だったのかは嫌でも伝わってくる。
そんな魔物が、本当に滅んだ。
そう言われても、正直なところ、すぐには納得できなかった。
「それだけ強力な魔物なら、滅んだっていうのは正直、腑に落ちぬな」
マヒロが腕を組みながら口にする。
「うん。私もそう思うよ」
先生は否定せず、素直に頷いた。
「けれどね。ここ百年ほど、吸血鬼族の目撃情報は一切ないんだ」
「一切……?」
「そう。一件もない」
先生の言葉に、再び教室が静まり返る。
「記録も、その時点で完全に途絶えている。それが現在まで続いているんだ。だからこそ、すでに絶滅したと考える者も多い」
そこで先生は、僅かに表情を曇らせた。
「……まあ、なぜ突然いなくなったのか、その理由は今も分かっていないけどね」
淡々とした口調だった。
だからこそ、その言葉が妙に重く感じられた。
五百年間で三十五件。
単純に計算すれば、十数年に一度は目撃されていたことになる。
それが、百年間。
まったく確認されていない。
そう考えると、確かに異常だった。
ただ数が減ったというだけなら、ここまで綺麗に記録が途絶えるだろうか。
それこそ、最後の一体まで何者かに討伐されたというのなら、まだ理解できる。
けれど、その理由すら分かっていない。
気が付けば消えていた。
まるで――最初から存在しなかったかのように。
そんな考えが頭を過った。
自分も、この世界に生まれてから今まで、吸血鬼族を見たという話を聞いたことは一度もない。
もちろん、単純に自分の知識が浅いだけという可能性もある。
それでも、周囲の反応を見る限り、この教室にいる生徒の中にも実際に吸血鬼族と遭遇した者はいなさそうだった。
なら、本当に滅んだのだろうか。
そんな疑問が浮かんだ、その時だった。
「……だとしたら」
ミオが、静かに口を開く。
「尚更、人間社会に溶け込んで生き延びている可能性もあるんじゃないですか?」
その一言で、教室の空気が再び張り詰めた。
誰もが、ミオの言葉を頭の中で噛み砕いているようだった。
そして、自分も同じことを考える。
人間に近い外見。
人間社会に紛れ込むだけの知性。
そして、繁殖能力。
数を減らし、正体を隠しながら生き延びる。
それだけなら、決してあり得ない話ではない。
むしろ、絶滅を避けるという意味では、最も合理的な選択の一つだ。
「……可能性がゼロとは言わない」
先生はそう答えた。
だが、ゆっくりと首を横に振る。
「でもね。書物によれば、吸血鬼族は非常にプライドが高かったらしい」
「人類だけでなく、魔物すら下に見て、自分たちこそが至高の存在だと語っていたと記されている」
「実力も、十死怪と同等……あるいは、それ以上だとされている」
そこまで話したところで、先生は僅かに息を吐いた。
「そういう連中が、わざわざ人間社会に紛れて、正体を隠しながらこそこそ生き延びようとするとは……私は考えにくいと思うんだ」
「……そう、なんですか」
ミオは、どこか納得しきれない様子で呟いた。
確かに先生の言うことにも一理ある。
自分たちこそが最も優れた存在だと信じている者が、その自尊心を捨てて、自分たちが下等と見なしている人間の中に紛れ込む。
それは、確かに想像しにくい。
けれど――。
それでも、何かが引っかかる。
誇りが高いから、人間社会には潜まない。
強大な力を持っているから、滅びた。
百年間、目撃情報が存在しないから、絶滅した。
どれも筋は通っている。
通っているはずなのに、なぜか納得できない。
「…………」
結局、吸血鬼族がなぜ滅んだのか。
本当に滅んだのか。
その答えが語られることはなかった。
ただ一つ確かなのは、五百年もの間、人々を恐怖に陥れた存在が、ある時を境に忽然と姿を消したということ。
そして、その理由を知る者は、今の時代にはもう存在しないということだった。
教室には、どこか解消されない違和感だけが残った。
やがて先生は、それ以上この話題に触れることなく、何事もなかったかのように授業を再開する。