転生勇者が死ぬまで10000日   作:慶名 安

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第10章ー14

 「ヴァ、ヴァンパイア? ……冗談だろ?」

 

 思わずそう口にしたギリスケの声は、驚きと困惑が入り混じり、情けないほどに掠れていた。

 

 無理もない。

 

 ついさっきまで、吸血鬼族は滅んだと聞かされていたのだ。

 

 それが今、自分たちの目の前にいる。

 

 しかも、ただの伝承や記録ではない。

 

 自らを吸血鬼族だと名乗る男が、確かな存在としてそこに立っている。

 

 『たしか……絶滅したって、先生が……』

 

 フィーもまた、信じられないといった様子で呟いた。

 

 その声には、困惑だけではなく、明らかな恐怖が滲んでいる。

 

 当然だ。

 

 もし目の前にいる男が本当に吸血鬼族なのだとしたら、これまで自分たちが知っていた常識そのものが覆される。

 

 「……ブラム」

 

 自分は低く、しかしはっきりと男の名を呼んだ。

 

 自らを吸血鬼族と名乗った男。

 

 ブラム・ブラッドフィールド。

 

 魔物でありながら家名を持ち、そして、その名は前世の知識に照らし合わせれば――“吸血鬼の始祖”と呼ばれる存在と同じものだった。

 

 ただの偶然なのか。

 

 それとも……。

 

 「……ダメ、サダメ」

 

 不意に、マヒロの声が耳に届いた。

 

 「ッ!?」

 

 考えに沈みかけていた意識が、一瞬で現実へと引き戻される。

 

 彼女の声は小さかった。

 

 だが、そこに含まれた緊張だけは、はっきりと伝わってくる。

 

 「戦えそうでござるか?」

 

 短く、率直な問いだった。

 

 『えっ!? マヒロちゃん、まさか……』

 

 その言葉が終わるより早く、フィーが慌てて声を潜める。

 

 ブラムに聞かれないよう、必死に抑えた声だった。

 

 だが、そんな必要もなかったのかもしれない。

 

 ここにいる全員が、もう理解していた。

 

 マヒロが何を考えているのか。

 

 そして、フィーが何を恐れているのか。

 

 ――戦うつもりなのか。

 

 その問いが、誰の口から発せられることもなく、重苦しい空気となって場に漂っていた。

 

 「……ああ。多分、大丈夫そうだ」

 

 そう答えたのは、自分だった。

 

 ゆっくりと手を開き、そして閉じる。

 

 指先に力を込め、身体の感覚を確かめる。

 

 銀鏡の翼龍との戦いで残っていた痺れは、幸いにもほとんど気にならなくなっていた。

 

 「痺れも引いてきたし、魔力もだいぶ回復してきた」

 

 身体は重い。

 

 呼吸も完全には整っていない。

 

 魔力だって、万全には程遠い。

 

 それでも――“動けない”わけではない。

 

 戦える。

 

 少なくとも、自分自身はそう判断した。

 

 「ちょっ!? 正気かよ?!」

 

 今度はギリスケが食って掛かってくる。

 

 「相手がマジで吸血鬼族なら、十死怪と同じレベルなんだろ?! 伝説の魔物を倒した直後に、今度は伝説の魔族とか……とんでもねぇボスラッシュじゃねぇか!」

 

 「やめとけって! 本気で死ぬぞ!」

 

 必死の説得だった。

 

 ただ恐怖しているだけではない。

 

 その声音からは、自分たちを本気で心配していることが伝わってくる。

 

 だからこそ――その言葉を、簡単に否定することはできなかった。

 

 「……」

 

 ギリスケの言う通りだ。

 

 状況は、どう考えても最悪だった。

 

 銀鏡の翼龍との激戦を終えたばかり。

 

 身体は消耗し、魔力も完全には戻っていない。

 

 精神だって同じだ。

 

 あれほどの死闘を終えた直後に、今度は別の強敵と戦えと言われている。

 

 しかも相手は、つい先ほどまで“滅んだはず”だと教えられていた存在。

 

 伝説級の魔物。

 

 いや。

 

 それ以上かもしれない。

 

 勝算がある。

 

 そう言えと言われたら――嘘になる。

 

 正直に言えば、怖い。

 

 目の前に立つ男から感じる異様な気配だけで、身体が本能的に警鐘を鳴らしている。

 

 それでも。

 

 視線を巡らせる。

 

 周囲に広がるのは、崩れかけた氷の大地。

 

 先ほどの戦闘によって、足場の一部は大きく崩れている。

 

 逃げ道らしいものは――見当たらない。

 

 上へ戻ろうとしても、ブラムが立ち塞がっている。

 

 あいつが道を譲る保証なんて、どこにもない。

 

 いや。

 

 仮に背を向けて逃げたとしても、無事に逃げ切れるとは到底思えなかった。

 

 背中を見せた瞬間、何をされるか分かったものじゃない。

 

 「……逃げ場がねぇ」

 

 ぽつりと、独り言のように呟く。

 

 「ここは迷宮の底だ。退路は潰されてる」

 

 言葉にしてみると、改めて現実が突き付けられる。

 

 逃げられない。

 

 戦う力は残っている。

 

 なら――答えは一つしかない。

 

 「戦わなきゃ、この場は抜けられない」

 

 それは、勇敢な判断なんかじゃない。

 

 無謀な覚悟でもない。

 

 ただ、生きてここから出るために必要な、現実的な判断だった。

 

 戦わなければ死ぬ。

 

 ならば、戦うしかない。

 

 「逃げ場がない以上――」

 

 腰へ手を伸ばす。

 

 次の瞬間、赤黒い炎が渦を巻きながら形を成していく。

 

 顕現した業火剣を、強く握り締める。

 

 掌へ伝わってくる熱が、冷え切ったこの場所で唯一、自分がまだ戦えることを教えてくれているようだった。

 

 ゆっくりと剣を構える。

 

 視線の先にいるのは、吸血鬼族――ブラム・ブラッドフィールド。

 

 さっきまでの疲労も。

 

 身体に残る痛みも。

 

 これから何が起こるのかという恐怖も。

 

 全部、胸の奥へ押し込める。

 

 今は考える必要なんてない。

 

 生き残るために、目の前の敵を倒す。

 

 それだけだ。

 

 「戦うしかねぇ!」

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