転生勇者が死ぬまで10000日   作:慶名 安

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第10章ー15

 「ほお? 下等種族ごときが、この私に刃《やいば》を向けるか?」

 

 業火剣を構えた瞬間、ブラム・ブラッドフィールドは薄く笑みを浮かべ、嘲るように言い放った。

 

 怒りもない。

 

 警戒もない。

 

 ましてや、こちらを脅威として見る様子など微塵もなかった。

 

 そこにあったのは、ただの余裕。

 

 まるで、予想外の玩具を見つけた子供でも眺めるような表情だった。

 

 その態度に、背筋がひやりと冷える。

 

 ――こいつは、本気で自分たちを脅威だと思っていない。

 

 そう直感した。

 

 「……」

 

 だが、マヒロは何も答えなかった。

 

 煽りにも。

 

 侮辱にも。

 

 表情一つ変えない。

 

 ただ静かに、魔妖を構える。

 

 ……いや。

 

 構えたと思った次の瞬間には、一度納刀していた。

 

 「抜刀!」

 

 短く鋭い声が響く。

 

 瞬間。

 

 空気が変わった。

 

 マヒロの足元へ魔力が一気に集束し、刃鳴りにも似た鋭い音が周囲へ響き渡る。

 

 そして――

 

 「【鳴雷《なるいかづち》】!!」

 

 次の瞬間。

 

 雷光が走った。

 

 比喩なんかじゃない。

 

 本当に雷そのものが地面を駆け抜けたかのような、凄まじい閃光だった。

 

 バァンッ!!

 

 爆ぜるような音と共に、マヒロの身体が弾ける。

 

 一瞬。

 

 本当に、一瞬だった。

 

 五十メートルはあろうかという距離を、一気に詰める。

 

 速い。

 

 あまりにも速すぎる。

 

 視界が、その動きに追いつかない。

 

 金色の髪が雷光を反射し、一本の光の軌跡となって空間に焼き付く。

 

 踏み込み。

 

 速度。

 

 重心移動。

 

 そのすべてが寸分の狂いもなく噛み合っていた。

 

 しかも、ここは迷宮の底。

 

 足場は崩れ、地面の至る所に亀裂が走っている。

 

 一歩でも踏み外せば、そのまま深い空洞へ落下する。

 

 普通なら、そんな場所でこれほどの速度を出すなど自殺行為だ。

 

 だが、マヒロは違った。

 

 足場の僅かな凹凸すらも把握しているかのように、迷いなく駆け抜ける。

 

 まるで、この不安定な地形さえも自分の庭であるかのように。

 

 そして――

 

 ドンッ!!

 

 寸分の狂いもなく、ブラムの懐へと踏み込んだ。

 

 距離はゼロ。

 

 反応する時間など、存在しない。

 

 「はあっ!!」

 

 雷を纏った魔妖が唸りを上げる。

 

 狙いは首。

 

 急所中の急所。

 

 人間ならば、まともに受ければ即死は免れない。

 

 だが――

 

 ブラムは動かなかった。

 

 避ける様子もない。

 

 防御する気配すらない。

 

 ただ、そこに立っている。

 

 この距離。

 

 この速度。

 

 この一閃。

 

 ――避けられるはずがない。

 

 ――防げるはずもない。

 

 そう、誰もが思った。

 

 「……っ!」

 

 自分も息を呑む。

 

 いける。

 

 これなら――いける。

 

 相手が伝説級の魔物だろうが、十死怪級の化け物だろうが関係ない。

 

 この一撃なら、確実に届く。

 

 そう思った。

 

 その瞬間だった。

 

 「なっ……!?」

 

 目の前の光景が、理解できなかった。

 

 マヒロの刃は、確かにブラムの首元へ到達している。

 

 雷光も。

 

 速度も。

 

 殺気も。

 

 すべてが完璧だった。

 

 なのに――

 

 刃が、止まっている。

 

 「……は?」

 

 思わず間の抜けた声が漏れた。

 

 止まっている。

 

 何かに弾かれたわけじゃない。

 

 防がれたわけでもない。

 

 ましてや、受け止められたわけでもない。

 

 ブラムの右手。

 

 その人差し指と中指。

 

 たった二本の指で――

 

 マヒロの刃を、摘まんでいた。

 

 「…………」

 

 頭が理解を拒む。

 

 そんなことができるはずがない。

 

 あれほどの速度で迫った刃を。

 

 雷を纏った一撃を。

 

 首元へ迫る、必殺の一閃を。

 

 まるで羽虫でも摘まむかのように、指二本で止めるなんて。

 

 ブラムは、力んですらいなかった。

 

 表情も変わっていない。

 

 ただ、ほんの少しだけ目を細める。

 

 「……ほう」

 

 そこで初めて、僅かな興味を示した。

 

 指先から雷が弾ける。

 

 バチバチッ!!

 

 耳元で雷鳴が炸裂する。

 

 だというのに――

 

 ブラムの指は、微動だにしなかった。

 

 「悪くない」

 

 その一言が、やけに大きく聞こえた。

 

 ――止められた。

 

 違う。

 

 “受け止められた”んじゃない。

 

 “摘ままれた”。

 

 マヒロの渾身の一撃が。

 

 それも、彼女が持つ最大の速度を乗せた一撃が。

 

 まるで子供の悪戯でもあしらうかのように、止められている。

 

 「っ……!」

 

 マヒロが歯を食いしばる。

 

 それでも、刃を押し込もうとする。

 

 全身の力を込める。

 

 雷がさらに激しく弾ける。

 

 空気が震える。

 

 氷の大地が、雷鳴に合わせて震動する。

 

 それでも――

 

 刃は、一ミリたりとも進まなかった。

 

 「……ッ!」

 

 マヒロの表情に、初めて僅かな焦りが浮かぶ。

 

 それを見て、ブラムは首を傾げた。

 

 まるで、不思議なものでも見るように。

 

 「その速さ、その剣技……一端の人間にしては悪くない」

 

 淡々とした声音だった。

 

 褒めている。

 

 だが、その言葉には圧倒的な上から目線が滲んでいる。

 

 まるで、採点でもしているようだった。

 

 そして――

 

 ブラムの指先に、ほんの僅かに力が込められる。

 

 「キィン――」

 

 甲高い音が響いた。

 

 次の瞬間。

 

 バチィッ!!

 

 マヒロを包んでいた雷が、一瞬にして霧散した。

 

 「な――」

 

 言葉が漏れるより早く。

 

 ブラムは、二本の指で刃を軽く弾いた。

 

 「――っ!?」

 

 ズドォン!!

 

 凄まじい衝撃が走る。

 

 まるで巨大な何かに殴り飛ばされたかのように、マヒロの身体が後方へ弾き飛ばされた。

 

 地面を削りながら、彼女の身体が何度も跳ねる。

 

 「マヒロ!」

 

 思わず叫ぶ。

 

 だが、そんな自分の声すら、遠くに聞こえた。

 

 目の前にいる男から、視線を外せない。

 

 ブラムは、何事もなかったかのように立っている。

 

 衣服に乱れすらない。

 

 首元には――傷一つない。

 

 そして、こちらを見下ろしながら、静かに口を開いた。

 

 「だが――」

 

 その瞳に浮かんでいたのは、怒りでも殺意でもなかった。

 

 ただ、絶対的な確信。

 

 自分たちとは、立っている場所そのものが違う。

 

 そんなことを理解させるには、十分すぎるほどの眼差しだった。

 

 「私には、届かん」

 

 その言葉が――

 

 雷鳴よりも重く。

 

 剣撃よりも鋭く。

 

 凍りついた迷宮の底へ、深々と突き刺さった。

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