転生勇者が死ぬまで10000日   作:慶名 安

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第10章ー16

 「くっ!?」

 

 衝撃に弾き飛ばされ、マヒロの身体が地面を滑る。

 

 氷を削りながら数メートルほど後退し、ようやく足を止めた彼女の姿を見て、思わず声が漏れた。

 

 「大丈夫か、マヒロ!?」

 

 「うむ。拙者は問題ござらん」

 

 返ってきたのは、驚くほど落ち着いた声だった。

 

 息も乱れていない。

 

 身体もふらついていない。

 

 咄嗟に取った受け身も完璧だったようで、どうやら先ほどの一撃で致命的なダメージを負ったわけではないらしい。

 

 それでも――

 

 マヒロの表情から、僅かな緊張が消えていなかった。

 

 当然だ。

 

 あれほどの一撃を、ブラムは真正面から受け止めた。

 

 いや。

 

 受け止めた、という表現ですら正しくない。

 

 たった二本の指で、止めたのだ。

 

 「しかし……あの剣速を、避けるどころか受け止められてしまうとは」

 

 マヒロはブラムから視線を逸らさぬまま、低く呟いた。

 

 驚愕している。

 

 だが、それ以上に冷静だった。

 

 「相当な動体視力と筋力だな」

 

 「それもあるが……」

 

 マヒロの目が、僅かに細められる。

 

 「ほんの刹那、やつの腕が赤く光ったように見受けられた」

 

 「腕が赤く……?」

 

 自分の位置からでは確認できなかった。

 

 あまりにも一瞬の出来事だったからだ。

 

 だが――

 

 マヒロの観察眼を疑う理由はない。

 

 あれほどの速度で戦いながら、彼女は敵の動きを正確に捉えている。

 

 ならば、何かを見たのだろう。

 

 「何かの強化か、それとも――」

 

 「……からくりがあるかもしれぬ」

 

 マヒロは短く答えた。

 

 そして、僅かに刀の柄を握り直す。

 

 焦ってはいない。

 

 むしろ、先ほどの攻防から得られた情報を整理しているようだった。

 

 鳴雷は、通じなかった。

 

 速度も。

 

 威力も。

 

 奇襲性も。

 

 そのすべてを込めた一撃を、ブラムは止めた。

 

 ならば、同じ手を繰り返しても意味がない。

 

 強敵との戦いでは、一度の攻防から得られる情報が何よりも重要になる。

 

 そしてマヒロは、そのことをよく理解している。

 

 「どうした? もう終いか?」

 

 そんな彼女を見て、ブラムが退屈そうに肩をすくめた。

 

 その顔には、相変わらず余裕がある。

 

 いや――余裕ですらない。

 

 こちらの攻撃を、最初から脅威として認識していないのだ。

 

 「……」

 

 やつの能力は、まだ分からない。

 

 腕が赤く光った理由も。

 

 あの異常な反応速度も。

 

 指二本だけで鳴雷を止めた力も。

 

 何一つとして。

 

 分からない以上、下手に突っ込めば、先ほどと同じ結果になる。

 

 だが――

 

 このまま様子見を続ければ、主導権は完全に相手へ渡る。

 

 ならば。

 

 「拙者の攻撃を受け止められる余裕があるのであれば」

 

 マヒロが静かに口を開く。

 

 「受け止められぬ一撃を放てばよいだけのこと」

 

 その言葉と同時に、彼女は再び魔妖を納刀した。

 

 「……?」

 

 ブラムが僅かに眉を上げる。

 

 自分も同じだった。

 

 また鳴雷か?

 

 だが――

 

 何かが違う。

 

 先ほどとは明らかに空気が違っていた。

 

 マヒロの周囲に集まる魔力。

 

 その性質が、先ほどとはまるで違う。

 

 「……?」

 

 青い魔力が、彼女の周囲を静かに揺らめく。

 

 なるほど。

 

 鳴雷は初見で見切られた。

 

 ならば次は、速度そのものではなく――

 

 “斬撃そのもの”を変える。

 

 そういうことか。

 

 「抜刀!」

 

 マヒロの声が響く。

 

 「【水龍《すいりゅう》】!!」

 

 瞬間。

 

 彼女の髪が――蒼く染まった。

 

 「ッ!?」

 

 同時に、魔妖が大量の水を纏う。

 

 刀身を覆った水は、ただ刃に付着しているだけではない。

 

 生き物のように蠢き、流動し、絶えず形を変えている。

 

 まるで――

 

 一振りの刀そのものが、龍へと姿を変えたかのようだった。

 

 そしてマヒロは、踏み込まなかった。

 

 その場から、一歩も動かない。

 

 ただ――

 

 剣を振るう。

 

 「はあっ!!」

 

 ヒュンッ!!

 

 振り抜かれた刃が、空気を切り裂く。

 

 その直後だった。

 

 水が――伸びた。

 

 「……なっ!?」

 

 刀身から放たれた水の刃が、凄まじい速度で前方へ伸長していく。

 

 鞭のようにしなり。

 

 蛇のように軌道を変え。

 

 そして最後には――

 

 巨大な龍の顎のような形となって、空間そのものを喰らいながら迫っていく。

 

 「ッ!?」

 

 ブラムの目が、僅かに見開かれた。

 

 通常の魔妖では到底届かない距離。

 

 だが、水龍は違う。

 

 刀身の長さそのものを自在に変化させる。

 

 数メートル。

 

 十メートル。

 

 それだけではない。

 

 一瞬のうちに、その刃は何倍にも伸びていく。

 

 ブラムの胴体へ到達するまで、僅か二秒にも満たなかった。

 

 鳴雷ほどの初速はない。

 

 だが――

 

 剣筋が読めない。

 

 距離が読めない。

 

 どこまで伸びるのかも分からない。

 

 ましてや、あの水の刃がどのように軌道を変えるのかなど、予測できるはずもない。

 

 それでも。

 

 「……」

 

 ブラムは動かなかった。

 

 避ける素振りすら見せない。

 

 また、受け止めるつもりなのだろう。

 

 やがて、その右手がゆっくりと持ち上がる。

 

 先ほどと同じように、刃の軌道上へ差し出される。

 

 「……ふむ」

 

 ブラムの口元に、薄い笑みが浮かんだ。

 

 その瞬間だった。

 

 「ぬっ!?」

 

 ブラムの声が、初めて僅かに上擦った。

 

 水の刃が――

 

 差し出された右手を、そのまま通り抜けた。

 

 否。

 

 通り抜けたのではない。

 

 斬った。

 

 ズバァッ!!

 

 鮮血が舞う。

 

 ブラムの右手が、手首から先を失って宙を舞った。

 

 「……な」

 

 自分の口から、言葉にならない声が漏れる。

 

 ブラム自身も、何が起きたのか理解できていないようだった。

 

 だが――

 

 水龍は止まらない。

 

 勢いを失うことなく、そのまま伸び続ける。

 

 右手を斬り飛ばした刃が、次に狙うのは――胴体。

 

 「――ッ!」

 

 ブラムが何かに気づいたように目を見開く。

 

 だが、もう遅い。

 

 水の刃が、その身体へ到達する。

 

 そして――

 

 ズバリッ!!

 

 刃が、ブラムの胴体を横一文字に切り裂いた。

 

 「…………」

 

 時間が止まったように感じた。

 

 つい先ほどまで、絶対的な余裕を見せていた男。

 

 鳴雷を指二本で止めた化け物。

 

 その身体が――

 

 真っ二つに、なっていた。

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