転生勇者が死ぬまで10000日   作:慶名 安

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第10章ー17

 「う゛っ!?」

 

 短い断末魔とともに、水の刃がブラムの身体を完全に断ち切った。

 

 上半身と下半身が、完全に泣き別れとなる。

 

 勢いを殺しきれなかった上半身は、そのまま宙へと投げ出され、半回転した。

 

 そして――

 

 ドサッ。

 

 鈍い音を立てながら、ブラム自身の背後へと落下する。

 

 下半身もまた、その場で力を失ったように崩れ落ちた。

 

 「…………」

 

 静寂が訪れる。

 

 聞こえるのは、遠くで水滴が落ちる音だけ。

 

 ――間違いない。

 

 やつを。

 

 吸血鬼族であるブラム・ブラッドフィールドを。

 

 マヒロは、確実に倒した。

 

 「ふう……」

 

 マヒロが胸元で小さく息を吐く。

 

 その表情から、張り詰めていた緊張がようやく抜けていくのが分かった。

 

 どうやら彼女自身も、ここまで無事に仕留められるとは確信していなかったらしい。

 

 それほどまでに、先ほどのブラムは異常な存在だった。

 

 鳴雷を指二本で止めた。

 

 その圧倒的な力を前にして、誰もが一度は敗北を覚悟した。

 

 だからこそ――

 

 「よしっ!」

 

 気づけば、自分は声を上げていた。

 

 右手を握り、無意識のうちに小さくガッツポーズまで作っている。

 

 理屈じゃない。

 

 身体が勝手に反応した。

 

 「勝った……!」

 

 『……や、やったの?』

 

 フィーも恐る恐る前へ出る。

 

 その顔には、まだ半信半疑といった表情が浮かんでいた。

 

 「うむ。手応えは、たしかにござった」

 

 マヒロはそう答えながら、魔妖を静かに鞘へ収める。

 

 「いくら魔物といえど、胴を真っ二つにされて生きておれる道理はなかろう」

 

 その声には、迷いがなかった。

 

 戦い慣れた者だからこそ分かる、確かな手応え。

 

 何より、実際に目の前でブラムの身体は二つに分かれている。

 

 これで生きていると考えるほうが、どうかしている。

 

 『うっ……! よ、よかったぁぁぁ!』

 

 フィーがその場にへたり込み、両手で顔を覆う。

 

 「うん……ほんとに、よかった……」

 

 ソンジさんも安堵したように胸を撫で下ろす。

 

 「流石だよ、マヒロ君」

 

 一人。

 

 また一人。

 

 極限まで張り詰めていた空気が、少しずつほどけていく。

 

 自分も、ようやく肩の力を抜いた。

 

 さっきまで身体中に張り付いていた緊張が消えた途端、膝が笑いそうになる。

 

 それほどまでに、追い詰められていたのだ。

 

 一時は、本当にどうなることかと思った。

 

 銀鏡の翼龍を倒した直後に、まさか吸血鬼族まで現れるとは思わなかった。

 

 しかも、その強さは伝説に語られるだけのものではなかった。

 

 もしマヒロが水龍に切り替えなければ。

 

 もしブラムが鳴雷と同じように水龍まで受け止めていたら。

 

 そう考えるだけで、今さらながら背筋が寒くなる。

 

 だが――終わってみれば。

 

 「はっ。舐めプするからこうなるんだよ」

 

 ギリスケが腕を組み、勝ち誇ったように鼻を鳴らす。

 

 「人間さまをなめんなよ!?」

 

 『……ギリスケ君、何もしてないけどね』

 

 「…………」

 

 即座に飛んできたフィーのツッコミに、ギリスケが固まった。

 

 「い、いや……精神的な支援とか?」

 

 『してないよね?』

 

 「……はい」

 

 あまりにも情けない返事に、思わず苦笑が漏れる。

 

 場の空気が、ほんの少しだけ和らいだ。

 

 確かに、ギリスケの小物感は否めない。

 

 だが、言いたいこと自体は理解できなくもない。

 

 ブラムは、明らかに自分たちを見下していた。

 

 自分たちなど取るに足らない存在だと、最初から決めつけていた。

 

 だからこそ、鳴雷を受け止めたときも、こちらの攻撃を警戒しなかった。

 

 そして――その驕りが、水龍を防ぐという判断を生んだ。

 

 結果として、それが致命傷になった。

 

 自業自得。

 

 そう結論づけても、おかしくはない。

 

 「よし。敵も倒したことだし」

 

 ソンジさんが周囲を見回しながら口を開く。

 

 「これ以上長居すると、また厄介なのが寄ってくるかもしれない。早いとこ、ずらかろう」

 

 「それがいいな」

 

 自分も頷く。

 

 今の戦闘で、かなり大きな音が響き渡った。

 

 これだけ騒いだのだ。

 

 周囲にいる魔物が何も反応しないほうが不自然だ。

 

 それに、ここは迷宮の底。

 

 何が潜んでいるのか分からない。

 

 ブラムという脅威を排除できたのなら、一刻も早くここを離れるべきだ。

 

 そう判断し、踵を返そうとした――

 

 その時だった。

 

 「……なるほど」

 

 「ッ!?」

 

 背筋が、凍りついた。

 

 聞き覚えのある声。

 

 絶対に聞こえるはずのない声。

 

 それを認識した瞬間、身体が勝手に反応した。

 

 全員が、同じ方向へ振り向く。

 

 ――ブラムの死体。

 

 「…………」

 

 言葉が出なかった。

 

 先ほどまで確かに動かなかった。

 

 完全に二つに分かれていた。

 

 死んだ。

 

 そう判断したはずの、その身体が――

 

 ずるり。

 

 動いた。

 

 「…………え?」

 

 フィーの小さな声が漏れる。

 

 誰も答えられない。

 

 答えられるはずがない。

 

 だって、目の前で起きている光景が、あまりにも現実離れしていたからだ。

 

 ブラムの上半身が、ゆっくりと地面を這う。

 

 まるで、まだ生きているかのように。

 

 いや。

 

 違う。

 

 “生きている”。

 

 そう理解した瞬間、背中に冷たい汗が流れた。

 

 「な……」

 

 マヒロの声が僅かに震える。

 

 その視線の先で、さらに異変が起こった。

 

 ブラムの身体。

 

 その断面が――蠢いている。

 

 血肉が、意思を持っているかのようにうねり始める。

 

 筋繊維が伸びる。

 

 肉が蠢く。

 

 骨が軋む。

 

 そして。

 

 切断されたはずの二つの肉体が、ゆっくりと互いへ引き寄せられていく。

 

 「……嘘、だろ」

 

 自分の口から、震えた声が漏れた。

 

 上半身と下半身。

 

 その二つが、まるで磁石のように近づいていく。

 

 ずる……。

 

 ずるり……。

 

 断面同士が、触れ合う。

 

 そして――

 

 ブラムの身体が、再び一つになろうとしていた。

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