「う゛っ!?」
短い断末魔とともに、水の刃がブラムの身体を完全に断ち切った。
上半身と下半身が、完全に泣き別れとなる。
勢いを殺しきれなかった上半身は、そのまま宙へと投げ出され、半回転した。
そして――
ドサッ。
鈍い音を立てながら、ブラム自身の背後へと落下する。
下半身もまた、その場で力を失ったように崩れ落ちた。
「…………」
静寂が訪れる。
聞こえるのは、遠くで水滴が落ちる音だけ。
――間違いない。
やつを。
吸血鬼族であるブラム・ブラッドフィールドを。
マヒロは、確実に倒した。
「ふう……」
マヒロが胸元で小さく息を吐く。
その表情から、張り詰めていた緊張がようやく抜けていくのが分かった。
どうやら彼女自身も、ここまで無事に仕留められるとは確信していなかったらしい。
それほどまでに、先ほどのブラムは異常な存在だった。
鳴雷を指二本で止めた。
その圧倒的な力を前にして、誰もが一度は敗北を覚悟した。
だからこそ――
「よしっ!」
気づけば、自分は声を上げていた。
右手を握り、無意識のうちに小さくガッツポーズまで作っている。
理屈じゃない。
身体が勝手に反応した。
「勝った……!」
『……や、やったの?』
フィーも恐る恐る前へ出る。
その顔には、まだ半信半疑といった表情が浮かんでいた。
「うむ。手応えは、たしかにござった」
マヒロはそう答えながら、魔妖を静かに鞘へ収める。
「いくら魔物といえど、胴を真っ二つにされて生きておれる道理はなかろう」
その声には、迷いがなかった。
戦い慣れた者だからこそ分かる、確かな手応え。
何より、実際に目の前でブラムの身体は二つに分かれている。
これで生きていると考えるほうが、どうかしている。
『うっ……! よ、よかったぁぁぁ!』
フィーがその場にへたり込み、両手で顔を覆う。
「うん……ほんとに、よかった……」
ソンジさんも安堵したように胸を撫で下ろす。
「流石だよ、マヒロ君」
一人。
また一人。
極限まで張り詰めていた空気が、少しずつほどけていく。
自分も、ようやく肩の力を抜いた。
さっきまで身体中に張り付いていた緊張が消えた途端、膝が笑いそうになる。
それほどまでに、追い詰められていたのだ。
一時は、本当にどうなることかと思った。
銀鏡の翼龍を倒した直後に、まさか吸血鬼族まで現れるとは思わなかった。
しかも、その強さは伝説に語られるだけのものではなかった。
もしマヒロが水龍に切り替えなければ。
もしブラムが鳴雷と同じように水龍まで受け止めていたら。
そう考えるだけで、今さらながら背筋が寒くなる。
だが――終わってみれば。
「はっ。舐めプするからこうなるんだよ」
ギリスケが腕を組み、勝ち誇ったように鼻を鳴らす。
「人間さまをなめんなよ!?」
『……ギリスケ君、何もしてないけどね』
「…………」
即座に飛んできたフィーのツッコミに、ギリスケが固まった。
「い、いや……精神的な支援とか?」
『してないよね?』
「……はい」
あまりにも情けない返事に、思わず苦笑が漏れる。
場の空気が、ほんの少しだけ和らいだ。
確かに、ギリスケの小物感は否めない。
だが、言いたいこと自体は理解できなくもない。
ブラムは、明らかに自分たちを見下していた。
自分たちなど取るに足らない存在だと、最初から決めつけていた。
だからこそ、鳴雷を受け止めたときも、こちらの攻撃を警戒しなかった。
そして――その驕りが、水龍を防ぐという判断を生んだ。
結果として、それが致命傷になった。
自業自得。
そう結論づけても、おかしくはない。
「よし。敵も倒したことだし」
ソンジさんが周囲を見回しながら口を開く。
「これ以上長居すると、また厄介なのが寄ってくるかもしれない。早いとこ、ずらかろう」
「それがいいな」
自分も頷く。
今の戦闘で、かなり大きな音が響き渡った。
これだけ騒いだのだ。
周囲にいる魔物が何も反応しないほうが不自然だ。
それに、ここは迷宮の底。
何が潜んでいるのか分からない。
ブラムという脅威を排除できたのなら、一刻も早くここを離れるべきだ。
そう判断し、踵を返そうとした――
その時だった。
「……なるほど」
「ッ!?」
背筋が、凍りついた。
聞き覚えのある声。
絶対に聞こえるはずのない声。
それを認識した瞬間、身体が勝手に反応した。
全員が、同じ方向へ振り向く。
――ブラムの死体。
「…………」
言葉が出なかった。
先ほどまで確かに動かなかった。
完全に二つに分かれていた。
死んだ。
そう判断したはずの、その身体が――
ずるり。
動いた。
「…………え?」
フィーの小さな声が漏れる。
誰も答えられない。
答えられるはずがない。
だって、目の前で起きている光景が、あまりにも現実離れしていたからだ。
ブラムの上半身が、ゆっくりと地面を這う。
まるで、まだ生きているかのように。
いや。
違う。
“生きている”。
そう理解した瞬間、背中に冷たい汗が流れた。
「な……」
マヒロの声が僅かに震える。
その視線の先で、さらに異変が起こった。
ブラムの身体。
その断面が――蠢いている。
血肉が、意思を持っているかのようにうねり始める。
筋繊維が伸びる。
肉が蠢く。
骨が軋む。
そして。
切断されたはずの二つの肉体が、ゆっくりと互いへ引き寄せられていく。
「……嘘、だろ」
自分の口から、震えた声が漏れた。
上半身と下半身。
その二つが、まるで磁石のように近づいていく。
ずる……。
ずるり……。
断面同士が、触れ合う。
そして――
ブラムの身体が、再び一つになろうとしていた。