「……はっ?」
思わず、間の抜けた声が口から零れていた。
何を言っているんだ、自分は。
いや――違う。
言葉が出てこない。
目の前で起きている光景を、頭が理解することを拒んでいた。
そんな馬鹿な。
あり得るはずがない。
つい先程まで、確かに倒したはずなのだ。
マヒロの一撃によって、ブラムの身体は真っ二つに断ち切られた。
上半身と下半身が完全に分離し、血肉を晒した断面が露出していた。
普通なら、あれで終わりだ。
どれほど頑丈な魔物であろうと、身体を真っ二つにされて生きていられるはずがない。
なのに――
「……動いてる」
誰かが呟いた。
自分も、同じことを考えていた。
視線の先。
そこでは、完全に死んだと思っていたブラムの身体が、まるで意思を持った生物のように蠢いていた。
断ち切られた肉が、ぐにゃりと歪む。
血管が脈打ち、筋繊維が蠢き、骨が擦れるような不気味な音を立てながら動いていく。
そして――
ずるり。
上半身と下半身が、互いに引き寄せられていく。
まるで磁石が引き合うかのように。
断面同士が触れ合い、その境目がゆっくりと塞がっていく。
傷口が閉じる。
血が止まる。
肉が繋がる。
骨が組み合わさる。
そして数秒もしないうちに――
そこには、斬られる前と何一つ変わらないブラムの姿があった。
「……」
背中に、嫌な汗が伝う。
その光景を見た瞬間、脳裏によぎったのは――グリムフィッシャーの件だった。
あいつは変体魔法の使い手。
身体の一部を別の生物へと変化させ、たとえ身体を斬り落とされたとしても、新たな肉体を召喚し、それと同化することで生き延びた。
理屈そのものは歪んでいた。
だが、魔法としての筋は通っていた。
魔法を使っている以上、そこには何らかの原理がある。
だからこそ、対処のしようもあった。
けれど――
目の前の光景は、明らかに違う。
ブラムは、何もしていない。
詠唱もない。
魔法陣もない。
魔力を放出しているような様子すらない。
ただ、斬られた身体が勝手に動き、勝手に元へ戻っている。
「……まさか」
そこで、ふとマヒロが以前口にしていた言葉を思い出す。
――一瞬だけ、赤く光った腕。
あの異様な現象。
もしかすると、それが関係しているのかもしれない。
だが、今の自分には確かめる術がない。
何より――
こいつは、新しい身体を作っているわけじゃない。
元の肉体そのものを、再接合している。
まるで身体の一部が離れても、それを「傷」とすら認識していないかのように。
「……どうなってんだよ」
知らず知らずのうちに、声が震えていた。
吸血鬼族。
その存在がどれほど異質なものなのか。
先生から聞かされた話だけでは、到底理解できない。
だが、今なら少しだけ分かる。
――こいつは、普通の魔物じゃない。
そんなこちらの混乱など意に介さず、ブラムは淡々と口を開いた。
「水の刃は伸縮自在。切れ味も、先程のものより数百倍は上だ」
「……」
「受け止めきれなかったのも、道理だな」
まるで、自分が斬られたことなど些事であるかのような口調だった。
そこに怒りも、焦りもない。
むしろ――感心している。
「……不覚」
マヒロが低く呟いた。
その声には、明確な悔しさが滲んでいる。
「拙者としたことが、二の舞になってしまうとは」
魔妖を握る手に、力が込められる。
その表情を見て、以前の出来事が頭をよぎった。
あの時もそうだった。
毒に侵され、まともな判断ができない状況で、敵の力を見誤った。
だからこそ――今度は違う。
自分たちには、まだ戦える力が残っている。
そして、マヒロもまた同じだった。
「ならば――!」
彼女は悔しさを振り払うように、一歩踏み出す。
そして三度、魔妖を腰へと戻した。
再生を待つ理由なんてない。
復活してしまうというのなら――
復活する暇すら与えなければいい。
「抜刀!! 【鎌鼬《かまいたち》・連《れん》】!!」
瞬間。
風が爆ぜた。
緑色の髪が大きく舞い上がり、マヒロの周囲を鋭い風圧が駆け抜けていく。
そして――
放たれた斬撃は、一つではなかった。
「五つ……!?」
以前は、一発を放つだけでも限界だったはずの技。
それを今のマヒロは――
同時に五発。
明確な成長。
これまで積み重ねてきた鍛錬が、確かな力となって現れている。
五つの風刃が、ほぼ同時にブラムへと襲い掛かった。
逃げ場はない。
左右から迫る斬撃が四肢を捉え――
「――ッ!」
さらに最後の一撃が、首を正確に刎ね飛ばした。
四肢。
首。
完全な五体分断。
これなら、さすがに再生する暇などない。
――ここまでやれば。
流石に、追いつくはずがない。
そう思った。
いや。
思いたかった。
「……ふむ」
だが――
期待は、無惨にも裏切られた。
悲鳴は上がらない。
苦悶の声もない。
バラバラにされたブラムは、まるで自分の身体がどうなっているのかを観察するかのように、平然としていた。
「風の斬撃か」
首を失った身体から、淡々と声が響く。
「しかも同時に五回」
「近接のみならず、中距離、長距離にも対応可能……なるほど」
「ッ!?」
背筋が凍った。
こいつ――
戦っている最中に、こちらの技を分析している。
斬られたことに驚くどころか、攻撃を受けた事実そのものを研究材料にしている。
まるで――
自分たちが敵ではなく、実験対象であるかのように。
そして。
またしても、肉が蠢いた。
「……嘘だろ」
四肢が動く。
切断された首が浮かび上がる。
胴体が引き寄せられる。
肉と肉が繋がり、骨が噛み合い、血管が結び直されていく。
数秒。
たった、それだけだった。
それだけの時間で――
ブラムは、完全な一人の人間へと戻っていた。
服に付着した血を軽く払う。
首を左右へ動かす。
腕を回す。
身体に異常がないことを確認するような仕草。
そして――
ブラムは、こちらを見た。
「さて」
その瞳から、先程までの余裕が少しだけ消えていた。
代わりに宿っていたのは――
獲物を値踏みするような、鋭い視線。
まるで今までの戦いで、ようやくこちらを「敵」として認識したかのようだった。
「今度こそ――しまいか?」
その一言が。
胸の奥へ、冷たい楔のように突き刺さった。