転生勇者が死ぬまで10000日   作:慶名 安

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第10章ー18

 「……はっ?」

 

 思わず、間の抜けた声が口から零れていた。

 

 何を言っているんだ、自分は。

 

 いや――違う。

 

 言葉が出てこない。

 

 目の前で起きている光景を、頭が理解することを拒んでいた。

 

 そんな馬鹿な。

 

 あり得るはずがない。

 

 つい先程まで、確かに倒したはずなのだ。

 

 マヒロの一撃によって、ブラムの身体は真っ二つに断ち切られた。

 

 上半身と下半身が完全に分離し、血肉を晒した断面が露出していた。

 

 普通なら、あれで終わりだ。

 

 どれほど頑丈な魔物であろうと、身体を真っ二つにされて生きていられるはずがない。

 

 なのに――

 

 「……動いてる」

 

 誰かが呟いた。

 

 自分も、同じことを考えていた。

 

 視線の先。

 

 そこでは、完全に死んだと思っていたブラムの身体が、まるで意思を持った生物のように蠢いていた。

 

 断ち切られた肉が、ぐにゃりと歪む。

 

 血管が脈打ち、筋繊維が蠢き、骨が擦れるような不気味な音を立てながら動いていく。

 

 そして――

 

 ずるり。

 

 上半身と下半身が、互いに引き寄せられていく。

 

 まるで磁石が引き合うかのように。

 

 断面同士が触れ合い、その境目がゆっくりと塞がっていく。

 

 傷口が閉じる。

 

 血が止まる。

 

 肉が繋がる。

 

 骨が組み合わさる。

 

 そして数秒もしないうちに――

 

 そこには、斬られる前と何一つ変わらないブラムの姿があった。

 

 「……」

 

 背中に、嫌な汗が伝う。

 

 その光景を見た瞬間、脳裏によぎったのは――グリムフィッシャーの件だった。

 

 あいつは変体魔法の使い手。

 

 身体の一部を別の生物へと変化させ、たとえ身体を斬り落とされたとしても、新たな肉体を召喚し、それと同化することで生き延びた。

 

 理屈そのものは歪んでいた。

 

 だが、魔法としての筋は通っていた。

 

 魔法を使っている以上、そこには何らかの原理がある。

 

 だからこそ、対処のしようもあった。

 

 けれど――

 

 目の前の光景は、明らかに違う。

 

 ブラムは、何もしていない。

 

 詠唱もない。

 

 魔法陣もない。

 

 魔力を放出しているような様子すらない。

 

 ただ、斬られた身体が勝手に動き、勝手に元へ戻っている。

 

 「……まさか」

 

 そこで、ふとマヒロが以前口にしていた言葉を思い出す。

 

 ――一瞬だけ、赤く光った腕。

 

 あの異様な現象。

 

 もしかすると、それが関係しているのかもしれない。

 

 だが、今の自分には確かめる術がない。

 

 何より――

 

 こいつは、新しい身体を作っているわけじゃない。

 

 元の肉体そのものを、再接合している。

 

 まるで身体の一部が離れても、それを「傷」とすら認識していないかのように。

 

 「……どうなってんだよ」

 

 知らず知らずのうちに、声が震えていた。

 

 吸血鬼族。

 

 その存在がどれほど異質なものなのか。

 

 先生から聞かされた話だけでは、到底理解できない。

 

 だが、今なら少しだけ分かる。

 

 ――こいつは、普通の魔物じゃない。

 

 そんなこちらの混乱など意に介さず、ブラムは淡々と口を開いた。

 

 「水の刃は伸縮自在。切れ味も、先程のものより数百倍は上だ」

 

 「……」

 

 「受け止めきれなかったのも、道理だな」

 

 まるで、自分が斬られたことなど些事であるかのような口調だった。

 

 そこに怒りも、焦りもない。

 

 むしろ――感心している。

 

 「……不覚」

 

 マヒロが低く呟いた。

 

 その声には、明確な悔しさが滲んでいる。

 

 「拙者としたことが、二の舞になってしまうとは」

 

 魔妖を握る手に、力が込められる。

 

 その表情を見て、以前の出来事が頭をよぎった。

 

 あの時もそうだった。

 

 毒に侵され、まともな判断ができない状況で、敵の力を見誤った。

 

 だからこそ――今度は違う。

 

 自分たちには、まだ戦える力が残っている。

 

 そして、マヒロもまた同じだった。

 

 「ならば――!」

 

 彼女は悔しさを振り払うように、一歩踏み出す。

 

 そして三度、魔妖を腰へと戻した。

 

 再生を待つ理由なんてない。

 

 復活してしまうというのなら――

 

 復活する暇すら与えなければいい。

 

 「抜刀!! 【鎌鼬《かまいたち》・連《れん》】!!」

 

 瞬間。

 

 風が爆ぜた。

 

 緑色の髪が大きく舞い上がり、マヒロの周囲を鋭い風圧が駆け抜けていく。

 

 そして――

 

 放たれた斬撃は、一つではなかった。

 

 「五つ……!?」

 

 以前は、一発を放つだけでも限界だったはずの技。

 

 それを今のマヒロは――

 

 同時に五発。

 

 明確な成長。

 

 これまで積み重ねてきた鍛錬が、確かな力となって現れている。

 

 五つの風刃が、ほぼ同時にブラムへと襲い掛かった。

 

 逃げ場はない。

 

 左右から迫る斬撃が四肢を捉え――

 

 「――ッ!」

 

 さらに最後の一撃が、首を正確に刎ね飛ばした。

 

 四肢。

 

 首。

 

 完全な五体分断。

 

 これなら、さすがに再生する暇などない。

 

 ――ここまでやれば。

 

 流石に、追いつくはずがない。

 

 そう思った。

 

 いや。

 

 思いたかった。

 

 「……ふむ」

 

 だが――

 

 期待は、無惨にも裏切られた。

 

 悲鳴は上がらない。

 

 苦悶の声もない。

 

 バラバラにされたブラムは、まるで自分の身体がどうなっているのかを観察するかのように、平然としていた。

 

 「風の斬撃か」

 

 首を失った身体から、淡々と声が響く。

 

 「しかも同時に五回」

 

 「近接のみならず、中距離、長距離にも対応可能……なるほど」

 

 「ッ!?」

 

 背筋が凍った。

 

 こいつ――

 

 戦っている最中に、こちらの技を分析している。

 

 斬られたことに驚くどころか、攻撃を受けた事実そのものを研究材料にしている。

 

 まるで――

 

 自分たちが敵ではなく、実験対象であるかのように。

 

 そして。

 

 またしても、肉が蠢いた。

 

 「……嘘だろ」

 

 四肢が動く。

 

 切断された首が浮かび上がる。

 

 胴体が引き寄せられる。

 

 肉と肉が繋がり、骨が噛み合い、血管が結び直されていく。

 

 数秒。

 

 たった、それだけだった。

 

 それだけの時間で――

 

 ブラムは、完全な一人の人間へと戻っていた。

 

 服に付着した血を軽く払う。

 

 首を左右へ動かす。

 

 腕を回す。

 

 身体に異常がないことを確認するような仕草。

 

 そして――

 

 ブラムは、こちらを見た。

 

 「さて」

 

 その瞳から、先程までの余裕が少しだけ消えていた。

 

 代わりに宿っていたのは――

 

 獲物を値踏みするような、鋭い視線。

 

 まるで今までの戦いで、ようやくこちらを「敵」として認識したかのようだった。

 

 「今度こそ――しまいか?」

 

 その一言が。

 

 胸の奥へ、冷たい楔のように突き刺さった。

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