「ど、どうなってんだよ、あいつ!?」
堪えきれずに叫んだギリスケの声が、広大な洞内へと虚しく反響する。
返ってくるのは、冷たい岩壁にぶつかった声だけ。
誰も答えられない。
――いや。
答えを知っている奴なんて、ここにはいない。
無理もない。
誰だって混乱する。
魔法を使った形跡はない。
詠唱もなければ、魔法陣も展開していない。
魔力が一気に高まった様子すらなかった。
それなのに――
切り裂かれ。
身体を分断され。
首を刎ね飛ばされても。
ブラムは、まるで何事もなかったかのように元の姿へと戻ってしまった。
「……」
自分も、言葉を失っていた。
目の前にいる存在を、改めて見つめる。
そこには、傷一つない。
先程まで身体を真っ二つにされていたとは、とても思えない。
血の跡すら残っていない。
まるで――最初から何も起きていなかったかのようだった。
これが、吸血鬼族特有の能力なのか。
それとも――
ブラムという個体だけが持つ、特異体質《イディオーション》なのか。
どちらにせよ、常軌を逸している。
「……不死身」
ぽつりと、そんな言葉が脳裏をよぎった。
瞬間。
背筋に冷たいものが走る。
不死身。
もし本当にそうなら――
どうやって戦えばいい?
何をしても死なない。
どれだけ傷つけても元に戻る。
首を落としても、身体を切り刻んでも立ち上がる。
そんな存在を相手に、どうやって勝てというのか。
――いや。
「……待て」
そこで、思考が止まった。
本当に不死身なら。
なぜ、あいつは最初の一撃を受け止めた?
マヒロの【鳴雷《なるいかづち》】。
五十メートルもの距離を一瞬で詰め、首を狙った必殺の一撃。
それをブラムは――
指二本で止めた。
あれは、明らかに防御だった。
マヒロの斬撃を受けることを避けた。
つまり――
斬られることを嫌った。
「……」
ならば、やはりおかしい。
完全な不死身なら、避ける必要なんてない。
斬られたところで死なないのなら、わざわざ指で止める理由など存在しない。
あの時のブラムには、明確な「警戒」があった。
マヒロの攻撃を危険だと判断したからこそ、防いだ。
そして今。
防ぎきれずに斬られた結果――
再生した。
「……不死、じゃない」
自分でも気づかないうちに、呟いていた。
少なくとも、何の制約も存在しない完全な不死身ではない。
そんなものが存在するなら、それはもはや生物という枠組みから外れすぎている。
完全な無敵など、存在しない。
――必ず、何かがある。
問題は、その「何か」が何なのか。
魔法なのか。
能力なのか。
それとも――吸血鬼族そのものが持つ、未知の性質なのか。
考えろ。
これまでに見たものを、一つずつ思い出せ。
ブラムの異常な再生。
マヒロの攻撃を防いだ、あの赤く光った腕。
そして――
「……赤い矢」
脳裏に浮かんだのは、あの攻撃だった。
自分に向けて放たれた、血のように赤い矢。
あの時も、ブラムは弓を持っていなかった。
魔道具を構えた様子もない。
ならば考えられる可能性は二つ。
身体のどこかに仕込んだ魔道具。
あるいは――
自身の魔法。
「……」
赤い矢。
吸血鬼族。
異常な再生能力。
この三つが結びつく魔法。
血。
生命。
再生。
そして――吸血鬼。
もし、あの赤い矢がただの攻撃ではなかったとしたら?
もし、あれがブラム自身の力を維持するためのものだったとしたら?
「……そういう、ことなのか?」
無意識のうちに、声が漏れる。
仮説が一つに絞られていく。
だが、まだ確証はない。
推測の域を出ていない。
もし間違っていたら?
その可能性を考えれば、迂闊に口にすることはできない。
何より、今は戦闘中だ。
間違った情報を仲間に伝えれば、それだけで致命傷になりかねない。
もっと情報が必要だ。
やつの能力を、もう少し引き出す。
その上で――確実に見極める。
「? サダメ?」
マヒロが不思議そうにこちらを見る。
「いや……なんでもない」
今は言えない。
自分の推測が正しいと確信できるまでは。
考えろ。
冷静になれ。
不死ではない。
だが、斬っても死なない。
損傷の規模に関係なく再生する。
その再生速度も異常だ。
そして、あの赤い矢。
もし仮説が正しければ――
こいつの再生は、無限ではない。
必ず、何らかの条件がある。
その条件を満たしている限り、何度でも再生できる。
逆に言えば。
その条件さえ崩せば――
「……」
そこまで考えた、その時だった。
「なんだ」
低く、呆れたような声が響いた。
「本当に、もう手はないのか?」
「ッ!?」
はっと顔を上げる。
いつの間にか。
ブラムの肉体は、完全に復元されていた。
裂け目もない。
欠損もない。
血の痕跡すら残っていない。
服の乱れさえ、ほとんどなかった。
まるで――
最初から傷など一つも負っていなかったかのように。
「……」
思考に没頭している間に、再生を終えていた。
いや。
そもそも、こいつは再生を待つという行為すら必要としていないのかもしれない。
その事実に気づいた瞬間、嫌な汗が背中を伝った。
――考えている暇なんて、与えてくれる相手じゃない。
ブラムは、こちらを見下ろしている。
その表情に、先程までの余裕は残っている。
だが――何かが違う。
今までのこいつは、明らかにこちらを遊び相手として見ていた。
どれほど攻撃されようと。
どれほど傷つけられようと。
まるで珍しい玩具でも眺めるように、こちらの力を観察していた。
だが、今は違う。
その瞳に浮かんでいるのは――
捕食者の眼差しだった。
「下等種族よ」
ブラムは、肩をすくめるように一歩前へ出る。
ただそれだけ。
それだけの動作だった。
なのに――
空気が変わった。
洞内の温度が、一瞬で下がったような錯覚を覚える。
「貴様らの力量は、十分に理解した」
淡々とした声。
そこに怒りはない。
憎しみもない。
ただ、冷たい判断だけがあった。
まるで、獲物の価値を測り終えた狩人のように。
「であれば――」
ブラムの身体から、赤い魔力が滲み出す。
最初は、ほんの僅かだった。
だが、それは瞬く間に濃くなっていく。
血のように赤い魔力が腕を這い、肩を伝い、全身へと広がっていく。
「……ッ」
息が詰まる。
魔力が増えている。
今までとは、明らかに違う。
こいつは――
まだ、本気を出していなかった。
「次はこちらから、ゆくぞ」
その一言が――
合図だった。