転生勇者が死ぬまで10000日   作:慶名 安

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第10章ー20

 「ッ!? ミオ!!」

 

 ブラムが一歩、前へ踏み出そうとした――その瞬間だった。

 

 背骨を氷の刃でなぞられたような悪寒が走る。

 

 考えるよりも早く、身体が動いていた。

 

 自分はミオを強く見据え、短く、しかし明確に視線を送る。

 

 ――守れ。

 

 言葉は必要なかった。

 

 ミオは一瞬だけ目を見開くと、すぐにその意図を察したように小さく息を呑む。

 

 「う、うん!!」

 

 迷いはなかった。

 

 ミオは即座に魔力を解放し、詠唱へと移る。

 

 「吹き荒れろ、嵐の防壁よ――。【乱気流の(ダービュ・)城壁《ランパート》】!」

 

 詠唱が完成した瞬間――空間そのものが唸り声を上げた。

 

 自分達を中心に、凄まじい乱流が発生する。

 

 渦巻く風が螺旋を描きながら収束し、幾重にも圧縮されて巨大な壁を形作っていく。

 

 やがてそれは、自分達をすっぽりと包み込むドーム状の防壁へと変貌した。

 

 ゴオオオオオオオオッ!!

 

 圧縮された風が周囲の空気を引き裂き、耳を打つ轟音を響かせる。

 

 肌を叩く気流だけでも、並の人間なら立っていることすら難しいだろう。

 

 ――【乱気流の(ダービュ・)城壁《ランパート》】。

 

 それは単なる防風結界ではない。

 

 幾重にも圧縮した風の層を重ね、外部から加えられた力を削り、逸らし、分散させる高等防御魔法。

 

 魔法攻撃だけではない。

 

 物理的な衝撃すらも風の流れによって受け流し、その威力を大幅に減衰させる。

 

 そして今は、ミオの魔力も十分に戻っている。

 

 先ほどまでの結界とは、完成度がまるで違う。

 

 並の魔法なら、触れた瞬間に霧散する。

 

 たとえ直撃したとしても、その衝撃が内部まで届くことはない。

 

 ――これなら、初撃は防げる。

 

 そう判断した。

 

 恐らく、ブラムはいきなり全力では来ない。

 

 これまでの立ち居振る舞い。

 

 こちらを見下ろすような余裕のある表情。

 

 そして、まるでこちらの力量を値踏みするかのような視線。

 

 間違いない。

 

 最初は様子見だ。

 

 先ほど放った赤い矢のような、牽制程度の一撃。

 

 まずはそれでこちらの反応を探ってくるはずだ。

 

 だが――それこそが最大の好機になる。

 

 相手が危険な存在だということは、もう十分すぎるほど理解している。

 

 だからこそ、相手がこちらを侮っている今を逃す理由はない。

 

 防御で初撃を受ける。

 

 攻撃の軌道から、ブラムの位置を把握する。

 

 そして――その瞬間に最大火力を叩き込む。

 

 魔力感知を極限まで研ぎ澄ます。

 

 ドームの外。

 

 ブラムの位置を正確に捉える。

 

 防壁が攻撃を弾いた、その一瞬。

 

 詠唱短縮によって最大出力の火球を生成し、至近距離から叩き込む。

 

 再生能力が異常だろうと関係ない。

 

 肉体ごと。

 

 魔力ごと。

 

 何もかも焼き尽くせばいい。

 

 炎なら、再生する暇すら与えない。

 

 ――それが、自分の算段だった。

 

 そう。

 

 そのはずだった。

 

 「ふんっ!!」

 

 低く、短い声が響く。

 

 次の瞬間――

 

 「なっ!?」

 

 視界に飛び込んできた光景を、脳が理解することを拒んだ。

 

 ブラムが――【乱気流の(ダービュ・)城壁《ランパート》】へ向かって拳を突き出している。

 

 魔法を纏っている様子はない。

 

 魔力の高まりもない。

 

 特殊な技を使った気配すらない。

 

 ただ、拳を握り。

 

 ただ、前へ突き出した。

 

 ――それだけだった。

 

 ドゴォォォォォンッ!!

 

 次の瞬間、凄まじい衝撃音が洞内を揺らした。

 

 風のドームが、大きく歪む。

 

 圧縮された気流が悲鳴を上げ、無数の亀裂が走った。

 

 「は……?」

 

 思わず声が漏れる。

 

 まだだ。

 

 こんなものは一時的な歪みだ。

 

 【乱気流の城壁】は、そんな簡単に破られるような魔法じゃない。

 

 そう思った。

 

 思いたかった。

 

 だが――

 

 バキィィィィィンッ!!

 

 現実は、その希望をあまりにも簡単に打ち砕いた。

 

 防壁が――砕けた。

 

 まるで薄氷を拳で殴りつけたかのように。

 

 幾重にも圧縮されていた風の層が、一瞬で弾け飛ぶ。

 

 渦巻いていた暴風が散り、魔法そのものが跡形もなく消滅した。

 

 ――拳一つで。

 

 「…………」

 

 言葉が出なかった。

 

 おかしい。

 

 何かがおかしい。

 

 あれだけの防御魔法を、真正面から。

 

 しかも――魔法すら使わずに?

 

 理解できない。

 

 いや。

 

 理解したくなかった。

 

 自分が今まで積み上げてきた戦術も。

 

 ミオが命懸けで構築した防壁も。

 

 そのすべてを、ブラムはたった一発の拳で粉砕した。

 

 まるで――最初から、そんなものは存在していなかったかのように。

 

 背筋を、再び悪寒が駆け抜ける。

 

 先ほどとは違う。

 

 今度は、本能そのものが告げていた。

 

 ――こいつは、ヤバい。

 

 想定していた強さの、その遥か上。

 

 自分の中にあった「勝てる」という算段が、音を立てて崩れ落ちていく。

 

 そして何より恐ろしいのは――

 

 ブラムが、まだ本気を出していないことだった。

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