「風の防御魔法。ふん。こんなものか」
吐き捨てるような声が響いた――その直後だった。
空気が、裂けた。
「くっ!?」
「……ウソ」
次の瞬間、ブラムの姿が視界から消える。
いや――消えたように見えただけだ。
直後、自分とマヒロの間を、一つの影が突き抜けていった。
あまりにも速い。
視界に捉えられたのは、残像とも呼べないほど僅かな一瞬だけだった。
もし、あと一歩。
ほんの僅かでも判断が遅れていたら――自分達は、ミオの防御魔法ごと貫かれていた。
そう考えた瞬間、背筋を冷たい汗が伝う。
だが――
魔力感知を使っていて正解だった。
攻撃の直前、一瞬だけブラムの気配を見失いかけた。
それでも、完全に見失ったわけではない。
奴が直線的に突っ込んでくる可能性は、最初から想定していた。
真正面から迎え撃つのは危険。
それは、先ほどマヒロの【鳴雷】を指二本で易々と受け止めた光景を見た時点で、嫌というほど理解していた。
だからこそ、自分は僅かに身体を横へずらしていた。
完全な回避じゃない。
攻撃を避けきるためではなく、死角へ回り込み、反撃へ繋げるための最低限の判断だ。
――それでも。
ここまで簡単に防御を破られるとは、思っていなかった。
素手で、だぞ?
あの強固な【乱気流の城壁】を、拳一つで。
魔法を展開したミオも、言葉を失ったまま立ち尽くしている。
「…………」
その顔には、明らかな動揺が浮かんでいた。
無理もない。
あれほどの防御魔法を、一撃で粉砕されたんだ。
どれほどの膂力を秘めているんだ、こいつ。
改めてブラムの姿を見る。
細身の身体。
筋骨隆々とは程遠い。
むしろ余分なものを削ぎ落としたような、引き締まった体躯だ。
グリムフィッシャーの時とは、明らかに違う。
あいつは一目見ただけで、圧倒的なパワーを持っていると分かる巨体だった。
だが、ブラムにはそうした分かりやすさがない。
見た目だけなら、そこまで異常な怪力を持っているようには見えない。
――なのに。
マヒロの一撃を、指二本で止めた。
そして今しがた、ミオの防御魔法を拳一つで打ち砕いた。
その二つの光景が、頭の中で繋がりかけた――その時だった。
「ッ!?」
視界の端に、ブラムの右腕が飛び込んできた。
赤い。
異様なほどに、赤い。
腕そのものが赤く膨張している。
まるで大量の血液が一箇所に集まっているようにも見える。
それでいて、皮膚の内側から何かが発光しているようにも見えた。
通常より一回りほど太くなった腕。
その表面には無数の血管が浮かび上がり、脈打つたびに赤い色が濃くなる。
「……」
――これか。
マヒロが見たと言っていた、あの赤い光。
恐らく、これがその正体だ。
強化魔法……?
いや。
それにしては、何かがおかしい。
魔力の流れが、通常の強化魔法とは明らかに違う。
身体の表面に魔力を纏わせているわけじゃない。
魔力によって肉体そのものを強化している――というより。
肉体そのものが、別の何かへと変質しているように見える。
まるで――
「サダメ!」
「ッ!?」
思考を断ち切るように、マヒロの叫び声が響いた。
反射的にそちらへ視線を向ける。
マヒロは、すでに刀を納めていた。
いつでも抜刀できるように腰を落とし、全身に張り詰めた緊張を纏っている。
次の一撃へ備えた構え。
――そうだ。
考えている場合じゃない。
今の自分は、何もできていない。
防御魔法は破られた。
ブラムの動きにも、まだ完全には対応できない。
このまま受け身に回っていたら、ただ一方的に蹂躙されるだけだ。
なら――
せめて、一撃。
何でもいい。
傷一つでもいい。
まずは、こいつにダメージを与えなければならない。
そうしなければ、突破口すら見えてこない。
「はあっ!」
自分は即座に方針を切り替えた。
業火剣を強く握り締める。
迎え撃つんじゃない。
こちらから攻める。
逃げるのではなく、踏み込む。
「抜刀! 【水龍】!!」
ほぼ同時だった。
反対側から、マヒロも地面を蹴る。
左右からの挟撃。
二人で同時に距離を詰め、ブラムに反撃する暇を与えない。
狙いは単純だ。
腕でもいい。
脚でもいい。
とにかく、どこか一つ。
部位を斬り落とす。
いくら不死身だろうが、攻撃するための身体がなければ意味がない。
再生能力への対策は――その後で考えればいい。
今は、とにかく一撃を通す。
「はあっ!!」
短く、力のこもった声を上げる。
業火剣を振り抜く。
同時に、マヒロの刀も閃いた。
左右から迫る、二つの刃。
逃げ場はない。
これなら――!
そう思った。
次の瞬間。
「なっ!?」
「ぬっ!?」
キィィィィンッ!!
甲高い金属音が響き渡った。
――止められた。
自分の刃も。
マヒロの刃も。
ブラムには、届いていない。
奴は両腕を交差させるように構え、左右から迫った二つの斬撃を――真正面から受け止めていた。
「…………」
理解が追いつかない。
いや。
それ以前に、目の前の光景を信じられなかった。
左右からの同時攻撃。
しかも、全力で踏み込んだ一撃だ。
それを――
防いだ。
ただの両腕で。