転生勇者が死ぬまで10000日   作:慶名 安

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第10章ー22

 「ぐっ!?」

 

 「……硬い!?」

 

 ほぼ同時に声が漏れた。

 

 両腕で自分達の攻撃を受け止められたこと自体、すでに常識の範疇を超えている。

 

 だが――本当に異常なのは、その先だった。

 

 ――硬い。

 

 剣を通して伝わってくる感触が、明らかにおかしい。

 

 肉を斬った手応えではない。

 

 かといって、金属でも、岩でもない。

 

 まるで刃そのものを拒絶する何かにぶつかったかのような、異質な感触。

 

 いくら力を込めても、刃が沈まない。

 

 押し込もうとするほど、こちらの腕へと反発するような硬さが返ってくる。

 

 さっきまで、何度も斬り裂かれていた身体とは到底思えない。

 

 あの時は、まるで豆腐でも斬るかのように簡単に身体を切り刻まれていた。

 

 それが今はどうだ。

 

 まるで別人。

 

 いや――別の生物と戦っているような感覚だった。

 

 業火剣に込めた熱量も。

 

 マヒロの刀に乗せられた、鋭い斬撃も。

 

 そのどちらも――通らない。

 

 それどころか、あの水龍の刃ですら、ブラムの腕を傷つけることができていない。

 

 「どうした?」

 

 余裕そのものの声が、すぐ近くから響いた。

 

 ブラムは両腕で刃を受け止めたまま、こちらを見下ろしている。

 

 その表情には、苦痛の色など微塵もない。

 

 むしろ――退屈そうですらあった。

 

 「まだ三割も出していないぞ。その程度の力で、私を斬るつもりだったのか?」

 

 「……っ」

 

 「……拍子抜けだな」

 

 「な……に……!?」

 

 三割?

 

 今のが――三割?

 

 思わず言葉を失った。

 

 先ほど見せた怪力だけでも、十分すぎるほど異常だった。

 

 グリムフィッシャーと同等。

 

 いや、それ以上かもしれない。

 

 そんな腕力を持ちながら、こいつは今まで本気を出していなかったというのか。

 

 しかも、それを――

 

 “抑えていた”?

 

 「……ふざけるな」

 

 思わず、心の中で吐き捨てる。

 

 そんな理不尽が、あってたまるか。

 

 だが、怒りと混乱に飲まれかける一方で、頭の奥だけは妙に冷えていった。

 

 嫌でも、考えてしまう。

 

 どうして、さっきまでとはここまで違う?

 

 何が変わった?

 

 その答えは――恐らく、あの赤い腕だ。

 

 ブラムの右腕。

 

 異様なほど赤く膨張し、血管を浮かび上がらせていた、あれ。

 

 こいつの力は、元々の肉体性能だけじゃない。

 

 何らかの方法で、後から身体能力を底上げしている。

 

 そう考えなければ、この硬度も、あの怪力も説明がつかない。

 

 となると――

 

 「……お、お前のその力……」

 

 自分は歯を食いしばり、剣を押し当てたまま口を開いた。

 

 「……自分の血で、強化してるんだろ?!」

 

 ――一瞬。

 

 空気が止まった。

 

 ブラムの表情が、ほんの僅かに変化する。

 

 「ほお?」

 

 眉が、わずかに上がった。

 

 それだけだった。

 

 だが――十分だった。

 

 ――当たりだ。

 

 吸血鬼族。

 

 血を操る種族。

 

 考えてみれば、これ以上ないほど分かりやすい。

 

 血を媒介とした能力など、創作の中では掃いて捨てるほど存在する。

 

 血と魔力を融合させる。

 

 それを攻撃として放つ。

 

 あるいは肉体へと還元し、自らの身体能力を強化する。

 

 赤い矢。

 

 異様に膨張した右腕。

 

 そして――常識外れの再生能力。

 

 今まで見てきた現象が、一本の線で繋がっていく。

 

 あの赤い光も、おそらく血と魔力が結びついた結果だ。

 

 ただ魔力で身体を強化しているわけじゃない。

 

 血そのものを媒介にして、肉体の性質を変化させている。

 

 魔法というより――もはや“体質”に近い。

 

 「この短時間で、私の力の正体を見破ったか」

 

 ブラムが、感心したように口を開く。

 

 「それは、賞賛に値する」

 

 その言葉に、一瞬だけ胸の奥が揺れた。

 

 認められた。

 

 敵にそう思わせることができた。

 

 ほんの僅かだが、こちらの推測が正しかったという確信も得られた。

 

 ――だが。

 

 「……だが!」

 

 声と同時に、ブラムの両腕が大きく開いた。

 

 「ッ!?」

 

 次の瞬間――

 

 ゴッ!!

 

 凄まじい衝撃が腕を駆け抜けた。

 

 「ぐあっ!?」

 

 「ぬっ!?」

 

 押し合っていた刃が、まとめて弾き飛ばされる。

 

 あまりにも強烈な反発力。

 

 握り締めていた指が痺れ、腕そのものが痙攣する。

 

 踏ん張る間もない。

 

 身体のバランスが崩れ、足が大きく後ろへ流れる。

 

 「知ったところで――」

 

 ブラムは微動だにしない。

 

 こちらを見据えたまま、冷たく言い放つ。

 

 「私を倒せるわけではない」

 

 断言だった。

 

 迷いもなければ、虚勢もない。

 

 ただ事実を告げているだけの声。

 

 その言葉を聞いた瞬間――理解した。

 

 こいつは、もう自分達を“敵”としてすら見ていない。

 

 いや。

 

 正確には――敵として認識する必要すらないのだ。

 

 正体を見破られても構わない。

 

 能力の仕組みを理解されても構わない。

 

 対策を考えられたところで、何も変わらない。

 

 ――知ったところで、届かない。

 

 そう言われている気がした。

 

 そして。

 

 「――ッ!」

 

 弾かれた勢いで体勢を崩した自分へ、ブラムが一歩踏み込む。

 

 速い。

 

 反応する暇すらない。

 

 その右腕が、ゆっくりと引かれる。

 

 赤く膨張した拳。

 

 先ほど防御魔法を一撃で粉砕した、あの拳だ。

 

 「ッ……!」

 

 逃げなければ。

 

 分かっている。

 

 身体を動かさなければならない。

 

 だが――間に合わない。

 

 ブラムの瞳には、迷いも躊躇もなかった。

 

 ただ、目の前の獲物を仕留める。

 

 それだけを目的とした、冷たい眼差し。

 

 拳が振り抜かれる。

 

 空気が爆ぜた。

 

 ドゴォォォォォンッ!!

 

 凄まじい衝撃波が周囲へと走る。

 

 ――やばい。

 

 直感が、全力で警鐘を鳴らしている。

 

 この一撃を受けたら、死ぬ。

 

 間違いなく。

 

 そう理解した時には――もう遅かった。

 

 拳は一直線に迫ってくる。

 

 まるでこちらの命そのものを刈り取るかのように。

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