「ぐっ!?」
「……硬い!?」
ほぼ同時に声が漏れた。
両腕で自分達の攻撃を受け止められたこと自体、すでに常識の範疇を超えている。
だが――本当に異常なのは、その先だった。
――硬い。
剣を通して伝わってくる感触が、明らかにおかしい。
肉を斬った手応えではない。
かといって、金属でも、岩でもない。
まるで刃そのものを拒絶する何かにぶつかったかのような、異質な感触。
いくら力を込めても、刃が沈まない。
押し込もうとするほど、こちらの腕へと反発するような硬さが返ってくる。
さっきまで、何度も斬り裂かれていた身体とは到底思えない。
あの時は、まるで豆腐でも斬るかのように簡単に身体を切り刻まれていた。
それが今はどうだ。
まるで別人。
いや――別の生物と戦っているような感覚だった。
業火剣に込めた熱量も。
マヒロの刀に乗せられた、鋭い斬撃も。
そのどちらも――通らない。
それどころか、あの水龍の刃ですら、ブラムの腕を傷つけることができていない。
「どうした?」
余裕そのものの声が、すぐ近くから響いた。
ブラムは両腕で刃を受け止めたまま、こちらを見下ろしている。
その表情には、苦痛の色など微塵もない。
むしろ――退屈そうですらあった。
「まだ三割も出していないぞ。その程度の力で、私を斬るつもりだったのか?」
「……っ」
「……拍子抜けだな」
「な……に……!?」
三割?
今のが――三割?
思わず言葉を失った。
先ほど見せた怪力だけでも、十分すぎるほど異常だった。
グリムフィッシャーと同等。
いや、それ以上かもしれない。
そんな腕力を持ちながら、こいつは今まで本気を出していなかったというのか。
しかも、それを――
“抑えていた”?
「……ふざけるな」
思わず、心の中で吐き捨てる。
そんな理不尽が、あってたまるか。
だが、怒りと混乱に飲まれかける一方で、頭の奥だけは妙に冷えていった。
嫌でも、考えてしまう。
どうして、さっきまでとはここまで違う?
何が変わった?
その答えは――恐らく、あの赤い腕だ。
ブラムの右腕。
異様なほど赤く膨張し、血管を浮かび上がらせていた、あれ。
こいつの力は、元々の肉体性能だけじゃない。
何らかの方法で、後から身体能力を底上げしている。
そう考えなければ、この硬度も、あの怪力も説明がつかない。
となると――
「……お、お前のその力……」
自分は歯を食いしばり、剣を押し当てたまま口を開いた。
「……自分の血で、強化してるんだろ?!」
――一瞬。
空気が止まった。
ブラムの表情が、ほんの僅かに変化する。
「ほお?」
眉が、わずかに上がった。
それだけだった。
だが――十分だった。
――当たりだ。
吸血鬼族。
血を操る種族。
考えてみれば、これ以上ないほど分かりやすい。
血を媒介とした能力など、創作の中では掃いて捨てるほど存在する。
血と魔力を融合させる。
それを攻撃として放つ。
あるいは肉体へと還元し、自らの身体能力を強化する。
赤い矢。
異様に膨張した右腕。
そして――常識外れの再生能力。
今まで見てきた現象が、一本の線で繋がっていく。
あの赤い光も、おそらく血と魔力が結びついた結果だ。
ただ魔力で身体を強化しているわけじゃない。
血そのものを媒介にして、肉体の性質を変化させている。
魔法というより――もはや“体質”に近い。
「この短時間で、私の力の正体を見破ったか」
ブラムが、感心したように口を開く。
「それは、賞賛に値する」
その言葉に、一瞬だけ胸の奥が揺れた。
認められた。
敵にそう思わせることができた。
ほんの僅かだが、こちらの推測が正しかったという確信も得られた。
――だが。
「……だが!」
声と同時に、ブラムの両腕が大きく開いた。
「ッ!?」
次の瞬間――
ゴッ!!
凄まじい衝撃が腕を駆け抜けた。
「ぐあっ!?」
「ぬっ!?」
押し合っていた刃が、まとめて弾き飛ばされる。
あまりにも強烈な反発力。
握り締めていた指が痺れ、腕そのものが痙攣する。
踏ん張る間もない。
身体のバランスが崩れ、足が大きく後ろへ流れる。
「知ったところで――」
ブラムは微動だにしない。
こちらを見据えたまま、冷たく言い放つ。
「私を倒せるわけではない」
断言だった。
迷いもなければ、虚勢もない。
ただ事実を告げているだけの声。
その言葉を聞いた瞬間――理解した。
こいつは、もう自分達を“敵”としてすら見ていない。
いや。
正確には――敵として認識する必要すらないのだ。
正体を見破られても構わない。
能力の仕組みを理解されても構わない。
対策を考えられたところで、何も変わらない。
――知ったところで、届かない。
そう言われている気がした。
そして。
「――ッ!」
弾かれた勢いで体勢を崩した自分へ、ブラムが一歩踏み込む。
速い。
反応する暇すらない。
その右腕が、ゆっくりと引かれる。
赤く膨張した拳。
先ほど防御魔法を一撃で粉砕した、あの拳だ。
「ッ……!」
逃げなければ。
分かっている。
身体を動かさなければならない。
だが――間に合わない。
ブラムの瞳には、迷いも躊躇もなかった。
ただ、目の前の獲物を仕留める。
それだけを目的とした、冷たい眼差し。
拳が振り抜かれる。
空気が爆ぜた。
ドゴォォォォォンッ!!
凄まじい衝撃波が周囲へと走る。
――やばい。
直感が、全力で警鐘を鳴らしている。
この一撃を受けたら、死ぬ。
間違いなく。
そう理解した時には――もう遅かった。
拳は一直線に迫ってくる。
まるでこちらの命そのものを刈り取るかのように。