「ぐあっ!?」
耳を裂くような叫びが、戦場に響き渡った。
「サダメ!?」
反射的に視線を向けた瞬間、胸が強く締め付けられる。
ブラムと名乗る吸血鬼の男。
あやつは拙者とサダメ、二人から同時に攻撃を受け止めた直後――迷うことなく、サダメただ一人へ狙いを定めていた。
そして。
拳を振り抜いた。
速い。
否――速いなどという言葉では、到底足りぬ。
拳を振るった、というより。
気付いた時には、もうそこに拳があった。
まるで――最初から、そうなることを知っていたかのような動き。
「ッ……!」
サダメも咄嗟に剣を構え、防御の姿勢を取る。
判断そのものは正しい。
だが――
「ガァンッ!!」
鈍く、凄まじい音が響いた。
ブラムの拳が、サダメの剣へ真正面から叩き込まれる。
金属が悲鳴を上げた。
火花が散る。
そして次の瞬間――
「ぐあっ!?」
衝撃に弾き飛ばされ、サダメの身体が宙を舞った。
「サダメ!」
思わず叫ぶ。
だが――すぐに意識を切り替えた。
まだだ。
あやつは、サダメを“殺しに行った”わけではない。
吹き飛ばされたサダメを見れば分かる。
致命傷ではない。
だが、確実に戦線から排除するための一撃だった。
――生きてはいる。
それだけは間違いない。
しかし、あの男が追撃を選べば話は別。
今のうちに止めなければ、サダメは――
「おのれ!!」
怒号と共に、拙者は地を蹴った。
その瞬間だった。
サダメが吹き飛ばされた直後――ブラムの意識が、一瞬だけ拙者から外れた。
「……!」
好機。
考えるより先に身体が動いていた。
一気に間合いを詰める。
正面ではない。
背後へ回り込む。
二人を相手にしていたからこそ、あやつは一方を先に排除した。
ならば――そこには必ず隙が生まれる。
その隙を逃すほど、拙者は甘くない。
「抜刀!」
魔妖を一度、鞘へ戻す。
水龍では通らぬ。
鳴雷も見切られた。
ならば――今度は小細工なし。
正面から、力で叩き潰す。
「【赤鬼】!!」
名を叫んだ瞬間、魔力が全身を駆け巡った。
髪が赤く染まり、瞳が燃えるような色へと変わる。
筋肉が軋む。
骨が震える。
そして――全身から湧き上がる膂力が、明確に増していく。
【赤鬼】。
純粋な身体強化。
余計な技巧など必要ない。
ただ力を高め、目の前の敵を叩き斬る。
これならば。
この力ならば――
いくらあやつの腕が硬化していようと、叩き潰せる。
そう、確信した。
――はずだった。
「なっ!?」
背筋に悪寒が走る。
背後を取った。
確かに、そのはずだった。
なのに――
ブラムが、こちらを向いている。
「……ッ」
速すぎる。
いや。
これは、反応速度などという次元ではない。
まるで――
拙者が背後へ回り込むことを、最初から分かっていたかのような動き。
「はあっ!」
もう迷っている暇はない。
振り抜く。
魔妖の刃が、ブラムへ迫る。
対するあやつは、腕を構えた。
次の瞬間――
「ガキィィンッ!!」
刃と腕が、正面から激突した。
「ぐっ!?」
火花が散る。
凄まじい金属音が鳴り響いた。
反撃に出たはずだった。
なのに――
鍔迫り合いに持ち込まれている。
「くっ……!」
力を込める。
さらに押し込む。
だが――刃が食い込まない。
傷一つ、付けられない。
つい先ほどまでなら、何度も斬り裂いていたはずの腕。
それが今は、まるで別物だ。
――硬い。
あまりにも、硬い。
これが――三割。
ブラム自身がそう言っていた。
まだ三割しか力を出していない。
それなのに。
【赤鬼】を発動した拙者の一撃が、まるで通じぬ。
「どうした?」
ブラムが、余裕のある声で問いかけてくる。
「貴様は見たところ、一対一の戦いでこそ実力を発揮する者だと思っていたが?」
「……ッ!?」
その言葉を聞いた瞬間――腑に落ちた。
そういうことか。
あやつは、最初から――
「なるほど……それで、最初にサダメを」
ブラムは、拙者と一騎打ちをするつもりなのだ。
そのために。
邪魔になるサダメを、先に排除した。
最初から、狙いは決まっていた。
拙者と戦うために。
この状況を、意図的に作り出したのだ。
「……ふっ」
思わず、口元が僅かに緩む。
なんとも皮肉な話でござる。
敵に気に入られ、わざわざ一騎打ちの相手として選ばれるなど。
普通ならば、笑えぬ冗談だ。
だが――
胸の奥が、静かに熱を帯びていく。
久しい。
これほどまで明確に、“戦う相手”として選ばれたのは。
強者が、拙者を敵として認めている。
それも、ただ倒すべき相手としてではない。
自分と一対一で戦う価値がある者として。
その事実が――武人としての心を、強く刺激していた。
恐怖はある。
目の前の男が、自分より遥かに強いことも理解している。
それでも。
だからこそ――燃える。
この程度の実力差で、退くなど。
剣士の名が泣く。
「よかろう」
拙者は鍔迫り合いのまま、決して視線を逸らさない。
刀を握る手へ、さらに力を込める。
「貴殿との果し合い――」
赤鬼の魔力が、全身で猛る。
押し返されそうになる身体を踏ん張り、真正面からブラムを睨み据える。
「このマヒロ・トーエンが、受けて立とう!」