「ぐうっ!?」
視界が、反転した。
いや――正確には。
世界そのものが、横殴りに叩き潰されたような感覚だった。
何が起きたのか、理解するよりも早く、自分の身体が宙へ投げ出されている。
ブラムの拳が振るわれた。
その直後だった。
自分は咄嗟に業火剣を前へ突き出し、同時に【部分魔力強化《パージング》】を展開した。
――防いだ。
そう思ったのは、本当に一瞬だけだった。
「――ッ!」
次の瞬間。
パキィンッ!!
耳障りな破壊音が響いた。
金属が砕ける、乾いた音。
視線を落とす。
そこにあったはずの業火剣は――
砕け散っていた。
「っ……!」
声が出ない。
あれだけの衝撃を受けながら、剣が折れたのではない。
砕けた。
まるで、最初から脆いガラスで出来ていたかのように、一撃で。
そして――
拳そのものが腹部へ直撃した感触は、なかった。
なのに。
次の瞬間、腹の奥へと、とてつもない衝撃が叩き込まれる。
「ぐ、ぅ……!」
内臓を直接、拳で殴りつけられたような感覚。
肺から空気が一気に押し出される。
視界が白く弾け、胃の中のものが逆流しそうになる。
――貫かれてはいない。
多分。
拳が身体に触れた感触はなかった。
つまり、これは直撃じゃない。
あくまで、拳から生じた衝撃波。
それだけだ。
それだけなのに――
「……っ、は……」
笑えない。
これで直撃じゃないのかよ。
自分の身体は、そのまま右側の壁へ向かって吹き飛ばされていく。
地面に足を着ける暇すらない。
身体が縦方向に一回、二回と転がる。
「がっ!?」
最後には勢いを殺しきれず、壁の手前で身体が大きく跳ねた。
そして――
ドンッ!!
背中から壁へ叩きつけられる。
「ぐ……っ!」
鈍い痛みが背中を走った。
息が詰まる。
そのまま身体がずるりと落ち、思わず膝をついた。
「はぁ……はぁ……」
肺が上手く動かない。
視界が揺れる。
腹も背中も痛い。
それでも――
(……生きてる)
はっきりと、自覚した。
骨は折れていない。
内臓も、多分無事だ。
少なくとも、今すぐ動けなくなるような致命傷ではない。
不幸中の幸い。
そういうやつだ。
もし、あの拳をまともに食らっていたら。
もし、業火剣を盾にすることができなかったら。
もし、【パージング】で身体を強化していなかったら。
――今頃、自分は肉塊になっていた。
「く、っそ……!」
歯を食いしばり、地面へ手をつく。
身体が重い。
腹部に走る痛みが、呼吸するたびに響く。
それでも――動ける。
なら、まだ戦える。
痛みなんて、今はどうでもいい。
問題は――
(追撃が……来ない?)
一瞬、違和感を覚えた。
この距離。
この隙。
ブラムなら、確実に追撃を叩き込めたはずだ。
あいつの速度なら、ここまで吹き飛ばした直後に間合いを詰めることだってできる。
なのに――来ない。
どうしてだ?
そう考えた直後だった。
「……マヒロ」
視線を向ける。
その必要すらなかった。
理由なら、もう分かっている。
きっと彼女が――自分への追撃を許さないよう、前へ出ている。
あいつは、そういうやつだ。
仲間が倒れたなら、自分が前に立つ。
たとえ相手が、自分より遥かに強い化け物だったとしても。
だからこそ――
(ここで、寝てるわけにはいかねえ)
さっきから、自分は何も出来ていない。
業火剣は破壊された。
攻撃は通らない。
そして今度は、たった一撃で戦場の端まで吹き飛ばされた。
正直、かなりキツい。
怖い。
あの男と自分との間には、明確な実力差がある。
一人で挑めば、次は本当に殺されるかもしれない。
――でも。
だからって、マヒロ一人に押し付けるわけにはいかない。
あいつがどれだけ強くても。
どれだけ勇敢でも。
一対一で、あの化け物をどこまで抑えられるかなんて分からない。
なら――
(連携だ)
それしかない。
自分が前へ出て、マヒロが斬る。
マヒロが隙を作って、自分が叩き込む。
どちらかが囮になり、もう一人が攻撃する。
何でもいい。
今まで以上に、二人で戦う。
それしか、勝機を作る方法はない。
そして――まだ、分からないことが多すぎる。
あの異常な再生能力。
赤く膨張した腕。
血と魔力を融合させた強化。
あの力には、きっと何かしらの制約がある。
使い続ければ消耗するのか。
一定量の血が必要なのか。
それとも――
どこかに、明確な弱点があるのか。
分からない。
でも。
分からないなら、戦いながら探すしかない。
まだ終わっていない。
「っしゃあ!!」
自分は気合を叩き込むように声を上げ、立ち上がった。
腹部に走る鈍痛が、身体の動きを鈍らせる。
膝も笑っている。
それでも、構わない。
一歩、踏み出す。
痛い。
二歩目。
息が苦しい。
三歩目。
それでも――足は止まらない。
やがて、走る。
視線の先に見えるのは、ブラムと対峙するマヒロの背中。
小さな背中。
だが、決して退こうとはしていない。
あいつは今、一人であの化け物と向き合っている。
だったら――
(待ってろよ、マヒロ)
心の中で呟く。
(今度は、ちゃんと並んで戦う)
剣は折れた。
それでも、まだ戦える。
身体が痛い。
息も苦しい。
それでも――戦える。
一人で勝てないなら、二人で勝てばいい。
それが無理なら、三人で。
使えるものは、全部使う。
諦めるのは――全部試してからだ。
「はぁ……はぁ……!」
息を切らしながら、それでも足を止めない。
身体が悲鳴を上げている。
それでも、自分は前へ進む。
マヒロの隣へ。
再び、戦場の中心へ。