転生勇者が死ぬまで10000日   作:慶名 安

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第10章ー24

 「ぐうっ!?」

 

 視界が、反転した。

 

 いや――正確には。

 

 世界そのものが、横殴りに叩き潰されたような感覚だった。

 

 何が起きたのか、理解するよりも早く、自分の身体が宙へ投げ出されている。

 

 ブラムの拳が振るわれた。

 

 その直後だった。

 

 自分は咄嗟に業火剣を前へ突き出し、同時に【部分魔力強化《パージング》】を展開した。

 

 ――防いだ。

 

 そう思ったのは、本当に一瞬だけだった。

 

 「――ッ!」

 

 次の瞬間。

 

 パキィンッ!!

 

 耳障りな破壊音が響いた。

 

 金属が砕ける、乾いた音。

 

 視線を落とす。

 

 そこにあったはずの業火剣は――

 

 砕け散っていた。

 

 「っ……!」

 

 声が出ない。

 

 あれだけの衝撃を受けながら、剣が折れたのではない。

 

 砕けた。

 

 まるで、最初から脆いガラスで出来ていたかのように、一撃で。

 

 そして――

 

 拳そのものが腹部へ直撃した感触は、なかった。

 

 なのに。

 

 次の瞬間、腹の奥へと、とてつもない衝撃が叩き込まれる。

 

 「ぐ、ぅ……!」

 

 内臓を直接、拳で殴りつけられたような感覚。

 

 肺から空気が一気に押し出される。

 

 視界が白く弾け、胃の中のものが逆流しそうになる。

 

 ――貫かれてはいない。

 

 多分。

 

 拳が身体に触れた感触はなかった。

 

 つまり、これは直撃じゃない。

 

 あくまで、拳から生じた衝撃波。

 

 それだけだ。

 

 それだけなのに――

 

 「……っ、は……」

 

 笑えない。

 

 これで直撃じゃないのかよ。

 

 自分の身体は、そのまま右側の壁へ向かって吹き飛ばされていく。

 

 地面に足を着ける暇すらない。

 

 身体が縦方向に一回、二回と転がる。

 

 「がっ!?」

 

 最後には勢いを殺しきれず、壁の手前で身体が大きく跳ねた。

 

 そして――

 

 ドンッ!!

 

 背中から壁へ叩きつけられる。

 

 「ぐ……っ!」

 

 鈍い痛みが背中を走った。

 

 息が詰まる。

 

 そのまま身体がずるりと落ち、思わず膝をついた。

 

 「はぁ……はぁ……」

 

 肺が上手く動かない。

 

 視界が揺れる。

 

 腹も背中も痛い。

 

 それでも――

 

 (……生きてる)

 

 はっきりと、自覚した。

 

 骨は折れていない。

 

 内臓も、多分無事だ。

 

 少なくとも、今すぐ動けなくなるような致命傷ではない。

 

 不幸中の幸い。

 

 そういうやつだ。

 

 もし、あの拳をまともに食らっていたら。

 

 もし、業火剣を盾にすることができなかったら。

 

 もし、【パージング】で身体を強化していなかったら。

 

 ――今頃、自分は肉塊になっていた。

 

 「く、っそ……!」

 

 歯を食いしばり、地面へ手をつく。

 

 身体が重い。

 

 腹部に走る痛みが、呼吸するたびに響く。

 

 それでも――動ける。

 

 なら、まだ戦える。

 

 痛みなんて、今はどうでもいい。

 

 問題は――

 

 (追撃が……来ない?)

 

 一瞬、違和感を覚えた。

 

 この距離。

 

 この隙。

 

 ブラムなら、確実に追撃を叩き込めたはずだ。

 

 あいつの速度なら、ここまで吹き飛ばした直後に間合いを詰めることだってできる。

 

 なのに――来ない。

 

 どうしてだ?

 

 そう考えた直後だった。

 

 「……マヒロ」

 

 視線を向ける。

 

 その必要すらなかった。

 

 理由なら、もう分かっている。

 

 きっと彼女が――自分への追撃を許さないよう、前へ出ている。

 

 あいつは、そういうやつだ。

 

 仲間が倒れたなら、自分が前に立つ。

 

 たとえ相手が、自分より遥かに強い化け物だったとしても。

 

 だからこそ――

 

 (ここで、寝てるわけにはいかねえ)

 

 さっきから、自分は何も出来ていない。

 

 業火剣は破壊された。

 

 攻撃は通らない。

 

 そして今度は、たった一撃で戦場の端まで吹き飛ばされた。

 

 正直、かなりキツい。

 

 怖い。

 

 あの男と自分との間には、明確な実力差がある。

 

 一人で挑めば、次は本当に殺されるかもしれない。

 

 ――でも。

 

 だからって、マヒロ一人に押し付けるわけにはいかない。

 

 あいつがどれだけ強くても。

 

 どれだけ勇敢でも。

 

 一対一で、あの化け物をどこまで抑えられるかなんて分からない。

 

 なら――

 

 (連携だ)

 

 それしかない。

 

 自分が前へ出て、マヒロが斬る。

 

 マヒロが隙を作って、自分が叩き込む。

 

 どちらかが囮になり、もう一人が攻撃する。

 

 何でもいい。

 

 今まで以上に、二人で戦う。

 

 それしか、勝機を作る方法はない。

 

 そして――まだ、分からないことが多すぎる。

 

 あの異常な再生能力。

 

 赤く膨張した腕。

 

 血と魔力を融合させた強化。

 

 あの力には、きっと何かしらの制約がある。

 

 使い続ければ消耗するのか。

 

 一定量の血が必要なのか。

 

 それとも――

 

 どこかに、明確な弱点があるのか。

 

 分からない。

 

 でも。

 

 分からないなら、戦いながら探すしかない。

 

 まだ終わっていない。

 

 「っしゃあ!!」

 

 自分は気合を叩き込むように声を上げ、立ち上がった。

 

 腹部に走る鈍痛が、身体の動きを鈍らせる。

 

 膝も笑っている。

 

 それでも、構わない。

 

 一歩、踏み出す。

 

 痛い。

 

 二歩目。

 

 息が苦しい。

 

 三歩目。

 

 それでも――足は止まらない。

 

 やがて、走る。

 

 視線の先に見えるのは、ブラムと対峙するマヒロの背中。

 

 小さな背中。

 

 だが、決して退こうとはしていない。

 

 あいつは今、一人であの化け物と向き合っている。

 

 だったら――

 

 (待ってろよ、マヒロ)

 

 心の中で呟く。

 

 (今度は、ちゃんと並んで戦う)

 

 剣は折れた。

 

 それでも、まだ戦える。

 

 身体が痛い。

 

 息も苦しい。

 

 それでも――戦える。

 

 一人で勝てないなら、二人で勝てばいい。

 

 それが無理なら、三人で。

 

 使えるものは、全部使う。

 

 諦めるのは――全部試してからだ。

 

 「はぁ……はぁ……!」

 

 息を切らしながら、それでも足を止めない。

 

 身体が悲鳴を上げている。

 

 それでも、自分は前へ進む。

 

 マヒロの隣へ。

 

 再び、戦場の中心へ。

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