「そ、そんな……嘘……」
ミオの声は細く震えていた。
顔色は紙のように白く、唇には血の気がない。まるで、恐怖が体温を奪い去ったかのようだった。
自分だって信じたくない。
だが、現実は容赦なく目の前に突きつけられている。
「『うっ、う゛う゛う゛っ……』」
呻き声。
それは確かに“生きている者”の声だった。
魔法が外れたのか?
それとも、あの距離から避けられたのか?
あの光と火の中で?
間違いなく光球は直撃していた。
苦しむ姿も、この目で見た。
それなのに――なぜ、まだ立てる?
「はあ……はあ……」
呼吸が乱れる。
心臓が暴れ、鼓動が耳の奥で鳴り響く。
思考は霧に覆われ、焦燥と恐怖が絡まり合って頭の中を掻き回す。
「……ダメ! サダメ!?」
「はっ?!」
ミオの声が、沈みかけた意識を引き戻す。
視界が急に鮮明になり、冷たい夜気が肌を刺した。
危なかった。
このまま恐怖に呑まれていれば、次の一撃で終わっていた。
「ふぅ……はぁ……」
深く息を吸い、ゆっくり吐く。
落ち着け。考えろ。
生きているなら、倒す手段はまだある。
「『……はぁぁぁぁぁ!!』」
低く粘ついた呼気。
それは怒りを抑えきれず漏れ出た獣の息のようだった。
目を凝らす。
火球が抉り取った大地の中心。
そこから、半身だけを形作った影の人影が、ぬるりと起き上がる。
完全な姿ではない。
だが、確実に――こちらへ向かって歩き出していた。
一歩。
また一歩。
踏みしめるたび、空気が軋む。
殺意が波のように押し寄せ、肌が粟立つ。
喉の奥が凍りつき、唾を飲み込むことすら困難になる。
「……サダメぇ……」
背後でミオが震えながらしがみつく。
細い指が服を掴み、必死に離れまいとしていた。
怖い――当然だ。
あれほどの殺気を真正面から浴びて平静でいられる人間などいない。
自分だって同じだ。
額を冷たい汗が伝い、歯がわずかに鳴る。
膝が震えそうになるのを、意志の力だけで押さえ込む。
だが。
ここで逃げるわけにはいかない。
彼女を置いて逃げるくらいなら、最初から背負う資格などない。
「大丈夫だ。ここは――俺が守る」
自分でも驚くほど、声は静かで落ち着いていた。
恐怖の中で掴み取った、かすかな覚悟。
冷静に考えろ。
奴は怒っている。
それはつまり――こちらの攻撃が通じた証拠だ。
光球で影を乱し、
火球で本体に傷を負わせた。
ならば、通用する。
攻め続ければ、いずれ必ず崩せる。
――そう、思い上がった。
その瞬間だった。
「おいおいおぉぉい! どうなってんだこりゃあ?」
場違いなほど軽薄な声。
緊張に張り詰めた空気を、紙一枚破るように引き裂く。
「ッ!?」
「『ッ!? き、貴様は……』」
いつの間にか、そこに“別の男”が立っていた。
最初から存在していたかのように。
あるいは、空間の継ぎ目から滑り込んできたかのように。
戦場の中心に立ちながら、まるで散歩の途中にでも迷い込んだような佇まい。
その異質さが、逆に得体の知れなさを際立たせる。
エイシャの殺気と、男の軽い声。
二つの温度差が、場を歪ませる。
――状況は、再び大きく揺れ始めていた。