「な……んでだ?」
攻撃を防がれ、ダークボルトは茫然とその場に立ち尽くした。
つい数秒前まで勝利を確信していた表情は消え失せ、今は理解不能な現実を前にした困惑だけが残っている。まるで、あの余裕に満ちた姿が遠い過去の出来事だったかのようだ。
「簡単な話だ。どれだけ速くなろうと、“どこから来るか”が分かれば対処はできる」
淡々と語る勇者の声には、揺らぎがない。
「予測だと? んな馬鹿な。そんなこと出来るわけがねぇ!」
吐き捨てるように言うダークボルト。その反応は当然だった。
落雷のごとき速度で四方八方から襲いかかれる攻撃。それを読み切るなど、常識的な戦闘感覚では不可能に思える。
「出来るさ。――お前の足元を見ればな」
「足元ぉ?!」
勇者は静かに、ダークボルトの両足を指さした。
「人は走る前、必ずどちらかの足に重心を乗せる。左へ行くなら左足、右へ行くなら右足。お前の魔法も同じだ。移動方向へ踏み出す瞬間、その足に魔力が集中する。今回は両足に強い魔力が溜まっていた。だから“上へ跳ぶ”と判断できた」
「なっ……!」
ダークボルトは思わず自分の足元を見下ろす。
意識していたのか、無意識だったのかは分からない。だが、図星を突かれた表情がすべてを物語っていた。
「だ、だがよ! 前に突っ込んでくる可能性だってあったはずだろ!」
「それはない」
勇者は即座に言い切る。
「お前はさっき、“埒が明かねぇ”と言った。つまり、正面からの近接戦は不利だと判断したということだ。なら次に選ぶのは“死角からの一撃”。正面突撃は、最初からお前の選択肢に入っていない」
「ッ……!」
心理まで読み切られ、ダークボルトの顔がわずかに歪む。
「そしてもう一つ。どれだけ速く動こうと、運動には必ず“止まる瞬間”がある。その一拍を読むだけだ。だから一度、お前の攻撃を受け、タイミングを測った。それだけの話だ」
あまりにも淡々とした説明。
まるで、すでに勝敗は確定していると言わんばかりの口調だった。
ダークボルトは沈黙する。
圧倒されたからではない。
――理解してしまったからだ。
「……はは」
喉の奥から、低い笑いが漏れる。
「……はははっ」
次第にそれは、理性を振り切った狂気の笑いへと変わった。
「んだぁぁはっはっはっはっはぁぁぁっ!!」
再び黒雷のオーラが噴き上がる。
いや、先ほどの比ではない。大気は震え、地面は焦げ、周囲の空間すら歪む。
「小手調べは終わったかよぉ、勇者さん?」
ダークボルトの瞳は、獲物を見つけた獣のそれだった。
「その程度で勝ったつもりか? こっからはな――」
黒い稲妻が全身を覆う。
「んなこと考えてる暇すら与えねぇぞ!!」
戦場の空気が、さらに一段深く沈み込む。
――本当の殺し合いが、今この瞬間から始まる。