「勇者……さんっ」
破壊光線が地面を穿ち、黒雷と炎が入り混じった爆煙が結界の内側へと流れ込んでくる。視界は白く霞み、外の様子がまるで見えない。そのせいで、胸の奥に冷たい不安がじわじわと広がっていく。
――今の一撃、まともに受けて無事でいられるはずがない。
避けることすら困難な速度と威力。仮に回避できたとしても、致命傷は免れないはずだ。
まさか。
十死怪の一角を討ち倒した勇者でさえ、あの魔物には敵わないのか。
そんな最悪の想像が、頭の中をよぎる。
「あっっっぶねぇ……」
「ッ!? ほぉ?」
やがて煙が晴れる。
そこに立っていたのは――勇者だった。
ボロボロになったマントを前に翳し、まるで盾のように構えている。布の下半分は黒く焼き切れ、ところどころ穴が開いている。しかし、その身体には目立った血は見えない。
――防いだのか?
あの破壊光線を、このマント一枚で?
「なるほど。そのオンボロマント……魔道具の類か」
ダークボルトが感心したように唸る。
「まあな。だいぶ使いまわして耐久力も限界だったが……今のでトドメ刺しちまったみたいだ」
勇者はそう言うと、役目を終えたマントを無造作に後方へ投げ捨てた。
長年の戦いを共にしてきたであろう相棒は、静かに地へ落ちる。
「はっ、それはつまり……二度目は防げねぇってことだよなぁ?」
ダークボルトが嗤う。
勝機を見出した獣の目。
「俺に、同じ技が通用すればの話だがな」
勇者は平然と言い返す。
防具を失ったにも関わらず、その声に焦りは一切ない。
「はーはっはっはっ、いいやがる」
互いに笑い合いながら、殺意だけが濃くなる。
結界の中で空気が張り詰め、心臓の鼓動がやけに大きく聞こえた。
「なら、もういっぺん――」
「撃てる余裕があればいいがな」
「ぐっ!?」
再び黒雷を集めようとしたダークボルト。しかし、その動きを許さぬように、勇者が一気に距離を詰める。
至近距離での斬り結び。剣と大刀がぶつかり、火花が散る。
その最中。
勇者は低く詠唱を紡ぎ始めた。
「爆ぜる焔よ、火の球として聚合し、眼前に移りし標的に猛る一投を撃ちかけん――」
「……あ゛あ゛っん?」
ダークボルトの目が見開かれる。
剣戟を交えながら詠唱を完成させる――常人には不可能な芸当。
「【火球《フレール》】!」
勇者の左手に、凝縮された炎が生まれる。
それは手のひらサイズの小さな球体。だが内部には、圧縮された灼熱が渦巻き、太陽の欠片のように輝いていた。
右手の剣で攻撃を捌きながら、勇者は左手を突き出す。
「はぁっ!」
「くっ!?」
ゼロ距離で放たれた火球。
ダークボルトは慌てて後方へ跳ぶ。辛うじて回避したが、腹部をかすめた部分が黒く焼け焦げ、煙を上げていた。
「ッ……!」
火球は結界の端へ到達した瞬間、轟音と共に爆ぜる。
圧縮された炎が一気に解放され、衝撃波が結界全体を揺らした。
「うっ……!」
思わず身体が跳ねる。
あの小さな火球で、自分の全力魔法の七、八割に匹敵する威力。
――桁が違う。
「どうした? お前のさっきの魔法に比べりゃ、大したことねぇだろ?」
勇者が挑発する。
「……んにゃろう!」
ダークボルトの瞳に、黒雷と炎の火花が交錯する。
互いに譲らぬ二つの魔力。
戦場は、次の激突を待つ嵐の前の静寂へと沈んでいった。