「『そうですか。ならば――遠慮は無用。やっておしまいなさい』」
エイシャの声が冷たく響いた。
「オッシャアァァァァァ!!」
魔物たちが一斉に吠え、地を蹴って襲いかかる。
「くっ!?」
思わず息を呑む。
これは――本気でまずい。
勇者の右手はまだ血を滴らせている。
あの状態では剣を握ることも、印を結ぶこともままならない。
魔法の発動すら危ういはずだ。
「勇者さん、ここは逃げた方が――」
言いかけて、勇者の背中を見る。
「大丈夫。一撃で終わらせれば問題ない」
あまりにも平然とした声。
「え……一撃?」
十体を超える魔物。
その奥には十死怪エイシャ。
それらすべてを――一撃で?
いくら勇者でも、それは無茶だ。
しかも、その負傷した手で何ができるというのか。
だが、勇者は構えも取らず、ただ空を見上げた。
「降りそそげ、残り火の塵芥たち」
低く、しかし確かな詠唱。
「『……?』」
エイシャが訝しげに眉を動かす。
次の瞬間だった。
空が、赤く染まった。
夜でも朝でもない。
まるで天そのものが燃え始めたかのような色。
「……あっ」
思わず声が漏れる。
上空――
無数の火球が生まれていた。
「【降火灰塵《ディセイア・ダスト》】」
火球は流星の群れとなり、轟音を引き連れて降り注ぐ。
熱風が結界内を焼き、空気が震える。
なぜ、こんな短時間でこれほどの火球を生成できる?
疑問はすぐに答えを得た。
――残り火。
先ほどのダークボルトとの死闘。
勇者が放った炎魔法の余熱が、上空に微細な火の粒子として残っていた。
それを“素材”として再構築し、瞬時に魔法陣へと組み替えたのだ。
新たに火を生むのではない。
すでに存在する火を、支配し、再配置する。
――なんて応用力だ。
「『ちっ……!』」
エイシャが舌打ちする。
魔物たちもようやく異常に気づく。
「な、なんだありゃあ!?」
「おい、やべぇぞ! 逃げろォォ!!」
「ま、待ってくれ――!」
だが、遅い。
火球は半径数百メートルを覆う密度で降り注ぎ、逃げ場など存在しない。
「もう遅せーよ」
勇者が吐き捨てる。
次の瞬間。
――ドォォォンッ!!
大地が爆ぜた。
炎柱が立ち上がり、衝撃波が結界を揺らす。
草原は瞬く間に焦土へ変わり、魔物の叫び声は次々と掻き消えていく。
「くっそぉぉぉぉ!!」
「『……覚えておけよ、勇者』」
爆炎の中、エイシャの怨嗟がかすかに響いた。
やがて炎は静まり、残ったのは黒く焼けた大地と、熱で歪む空気だけ。
まるで――
戦争の終わった後の世界のようだった。
そしてその中心に、勇者は立っていた。