転生勇者が死ぬまで10000日   作:慶名 安

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第3章ー29

 「……んっ、んん……」

 

 どれほど時間が経ったのか。

 重かった意識が、ゆっくりと水面へ浮かび上がってくる。

 

 ――寝てしまった、のか。

 

 思考が形を取り始め、最初に浮かんだのは勇者のことだった。

 そういえば、村の事情も、自分たちが追われる理由も、まだ何ひとつ説明できていない。起きたら、きちんと話さなければ――。

 

 「……?」

 

 ゆっくりと目を開く。

 

 視界に入ったのは、木製の天井。

 外の空でもなければ、揺れる乗り物の中でもない。梁の走る、どこか古風な室内。鼻に届くのは、木と薬草が混じった穏やかな匂い。

 

 ――建物の中?

 

 状況が飲み込めないまま、身体を起こそうとして――

 

 「あら。目が覚めたみたいね?」

 

 不意に、柔らかな女性の声が降ってきた。

 

 「ッ……!?」

 

 驚いて視線を向けると、そこには修道服を纏った金髪の女性が立っていた。

 慈愛を宿した微笑み。澄んだ青い瞳。まるで教会画から抜け出してきたような佇まい。

 

 ――ここは、天国か?

 

 思わず、そんな馬鹿げた考えが頭をよぎる。

 

 「大丈夫? 起きられるかしら?」

 

 「えっ……あ、はい……」

 

 声を出すだけで、喉が少し掠れた。

 困惑と緊張が入り混じり、うまく頭が働かない。

 

 「突然で驚いているわよね。でも安心して。危険な場所じゃないわ」

 

 女性は優しい声でそう言い、椅子を引いてこちらの側へ腰を下ろす。

 

 その距離の近さに、なぜか心臓が落ち着かない。

 自分は異性慣れしているわけではない。むしろ、前世から通して経験値は皆無に等しい。

 

 「……ちょっと、失礼するわね」

 

 「ひっ……?」

 

 女性は身を屈め、そっと額を重ねてきた。

 近づいた途端、ほのかな香りが鼻をくすぐる。

 

 一瞬、息が止まった。

 

 「うん。熱は出ていないわね。よかった。体調は問題なさそう」

 

 女性が離れると、ようやく息を吐き出す。

 

 「……は、はい」

 

 返事は辛うじて出たが、内心は完全に混乱していた。

 こんな距離感で接する女性など、人生でほとんど関わったことがない。理性があちこちで警報を鳴らしている。

 

 「そうだわ。ちょうどお昼の準備をしていたところなの。食事は取れそう?」

 

 「た、食べられます。大丈夫です」

 

 「苦手なものはある?」

 

 「いえ、特に……」

 

 そう答えた、その直後だった。

 

 女性が何気なく修道服の留め具を外し、衣服を脱ぎ始める。

 

 「……え?」

 

 思考が完全に停止した。

 

 修道服の下から現れたのは、とてつもなくセクシーなランジェリー姿と、黄金比率のダイナマイトボディ。

 突然の光景に、脳が処理を拒否する。

 

 「ちょ、ちょっと……大丈夫?!」

 

 視界がぐらりと揺れ、鼻の奥が熱くなる。

 次の瞬間、自分はそのまま後ろへ倒れ込んでいた。

 

 「だ、大丈夫? 聞こえる?!」

 

 女性の慌てた声が、遠くで響く。

 

 ――ああ、なるほど。

 

 ここは天国だったらしい。

 

 薄れゆく意識の中で、そんな現実逃避じみた結論だけが浮かび上がった。

 

 ――転生勇者が死ぬまで、残り7800日。

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