「……んっ、んん……」
どれほど時間が経ったのか。
重かった意識が、ゆっくりと水面へ浮かび上がってくる。
――寝てしまった、のか。
思考が形を取り始め、最初に浮かんだのは勇者のことだった。
そういえば、村の事情も、自分たちが追われる理由も、まだ何ひとつ説明できていない。起きたら、きちんと話さなければ――。
「……?」
ゆっくりと目を開く。
視界に入ったのは、木製の天井。
外の空でもなければ、揺れる乗り物の中でもない。梁の走る、どこか古風な室内。鼻に届くのは、木と薬草が混じった穏やかな匂い。
――建物の中?
状況が飲み込めないまま、身体を起こそうとして――
「あら。目が覚めたみたいね?」
不意に、柔らかな女性の声が降ってきた。
「ッ……!?」
驚いて視線を向けると、そこには修道服を纏った金髪の女性が立っていた。
慈愛を宿した微笑み。澄んだ青い瞳。まるで教会画から抜け出してきたような佇まい。
――ここは、天国か?
思わず、そんな馬鹿げた考えが頭をよぎる。
「大丈夫? 起きられるかしら?」
「えっ……あ、はい……」
声を出すだけで、喉が少し掠れた。
困惑と緊張が入り混じり、うまく頭が働かない。
「突然で驚いているわよね。でも安心して。危険な場所じゃないわ」
女性は優しい声でそう言い、椅子を引いてこちらの側へ腰を下ろす。
その距離の近さに、なぜか心臓が落ち着かない。
自分は異性慣れしているわけではない。むしろ、前世から通して経験値は皆無に等しい。
「……ちょっと、失礼するわね」
「ひっ……?」
女性は身を屈め、そっと額を重ねてきた。
近づいた途端、ほのかな香りが鼻をくすぐる。
一瞬、息が止まった。
「うん。熱は出ていないわね。よかった。体調は問題なさそう」
女性が離れると、ようやく息を吐き出す。
「……は、はい」
返事は辛うじて出たが、内心は完全に混乱していた。
こんな距離感で接する女性など、人生でほとんど関わったことがない。理性があちこちで警報を鳴らしている。
「そうだわ。ちょうどお昼の準備をしていたところなの。食事は取れそう?」
「た、食べられます。大丈夫です」
「苦手なものはある?」
「いえ、特に……」
そう答えた、その直後だった。
女性が何気なく修道服の留め具を外し、衣服を脱ぎ始める。
「……え?」
思考が完全に停止した。
修道服の下から現れたのは、とてつもなくセクシーなランジェリー姿と、黄金比率のダイナマイトボディ。
突然の光景に、脳が処理を拒否する。
「ちょ、ちょっと……大丈夫?!」
視界がぐらりと揺れ、鼻の奥が熱くなる。
次の瞬間、自分はそのまま後ろへ倒れ込んでいた。
「だ、大丈夫? 聞こえる?!」
女性の慌てた声が、遠くで響く。
――ああ、なるほど。
ここは天国だったらしい。
薄れゆく意識の中で、そんな現実逃避じみた結論だけが浮かび上がった。
――転生勇者が死ぬまで、残り7800日。