「はあ、よかったぁ……。いきなり鼻血を出した時は、本当にびっくりしちゃったよ」
「す、すみません……」
「……」
あの騒動の後。
なんとか鼻血を止めてもらった自分は、天女――いや、この教会のシスターから昼食をご馳走になっていた。
テーブルを囲むのは三人。
金髪のシスター・エリカさん。
目を覚ましたばかりのミオ。
そして、自分。
鼻血の話題が出た瞬間、ミオがじっとこちらを見つめてくる。
不機嫌……というより、理解不能なものを見るような視線だ。
いや、誤解しないでほしい。
不可抗力だったのだ。
天女が目の前で着替えていたら、普通の男子なら鼻血の一つや二つ出すだろう。
……いや、普通じゃないかもしれないが。
「どう? 美味しい?」
エリカさんが朗らかに微笑む。
「はい! エリカさんのご飯、とっても美味しいです」
素直に答えると、彼女は嬉しそうに笑った。
食事をしながら、色々と事情も聞くことができた。
今自分たちがいるのは、リーヴ村にある教会。
そして目の前の金髪美女は、この教会のシスター――エリカ・レーベルさん。
二十五歳。
……悪くない年齢だ。
だが、聖職者。恋愛不可。
だが、それもまた一つの尊さ。
などと、どうでもいい思考が頭をよぎる。
ちなみに、あの時彼女が服を脱いでいたのは、買い物へ行くための着替えだったらしい。
つまり、自分は完全に“異性として見られていない”。
見た目がショタ寄りだから仕方ない。
おかげで眼福だったが、ちょっとだけ複雑な気分でもある。
……話を戻そう。
自分たちは、倒れていたところを勇者に拾われ、この村まで運ばれたらしい。
地図感覚からすると、あの場所からここまで馬で二日はかかる距離だ。
だが、ドレーカ村で聞いた話によれば、勇者は馬より速く走れるという。
つまり――自分たちは、文字通り“抱えられて疾走”されたことになる。
想像しただけで、色々と申し訳なくなった。
さらに、自分たちは丸一日以上眠っていたらしい。
気絶してから目覚めるまで、合計で二日以上。
そんなに眠っていたのかと、今さら驚きが湧いてくる。
「そういえば……その勇者は、今どこに?」
ふと思い出して尋ねる。
「えっとね。昨日はここで一晩休んでたんだけど、今朝『急ぎの用がある』って言って村を出て行ったわ。かなり急いでいる様子だったわね」
「……そう、ですか」
急ぎの用。
魔物討伐か、別の村の救援か。
勇者とは、そういう存在だ。
だが――
話さなければならないことが、まだ山ほどある。
ドレーカ村の状況。
生き残った人々。
魔王軍の動き。
そして――自分が見たもの。
「……ここに、戻ってきますかね?」
思わず口をついて出た問い。
「うーん……どうだろう。勇者様も忙しいからね。もう戻ってこない可能性の方が高いと思うわ」
「……」
胸の奥が、じくりと痛んだ。
そうだ。
勇者は“待っていてくれる存在”じゃない。
世界を救うために、前へ進み続ける人だ。
「どうしたの、サダメくん?」
エリカさんが心配そうに覗き込む。
「……すみません」
「えっ、ちょっ――」
気づけば、自分は椅子を蹴って立ち上がっていた。
勇者と話さなければならない。
今、追わなければ――きっともう二度と会えない。
衝動が理性を追い越す。
エリカさんの制止の声を背に、
自分は教会の扉を押し開け、外へと飛び出した。
――まだ間に合え。
そう願いながら。