転生勇者が死ぬまで10000日   作:慶名 安

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第3章ー32

 「勇者さん!」

 

 声を張り上げると、焼け野原の中央に座していた男がゆっくりと顔を上げた。

 

 「ん? ……君は……」

 

 振り返ったその姿は、間違いない。

 あの戦場で、自分たちを救ってくれた勇者だった。

 

 ――間に合った。

 

 胸の奥で張り詰めていたものが、ようやくほどける。

 

 「わざわざここまで来たのか? 遠かっただろう。……一人か?」

 

 勇者は少し驚いたように目を丸くし、すぐに柔らかく笑った。

 その問いかけに、自分は小さく首を縦に振る。

 

 「えっ、えーっと……はい」

 

 子供が一人で三日近い旅をしてきたなど、普通なら信じがたいだろう。

 自分でも、よく辿り着けたものだと思う。

 

 「……あの、勇者さんは、ここで何を?」

 

 今度は自分から問いかける。

 

 「ん?」

 

 勇者は少し視線を足元へ落とした。

 

 そこには小さな土の盛り。

 その前で、細い煙が静かに立ち昇っている。

 

 「この村の人たちの墓を作ろうと思ってな。……だが、数が多すぎてな。せめて手を合わせるくらいしか出来なかった」

 

 「……そう、ですか」

 

 視線を巡らせる。

 焼け落ちた家屋。崩れた柵。黒く焦げた大地。

 そして、この村の至るところに放置されたままの亡骸。

 

 女性たちはゴミのように捨てられ、子供たちは道端に転がされたまま。

 ――あまりにも、無惨だった。

 

 「じゃあ……俺が、皆の遺体を集めてきます」

 

 自分でも驚くほど、自然に言葉が出た。

 

 「いいのか? 正直、あの時よりキツいぞ」

 

 勇者は冗談めかして言うが、その目は本気でこちらを気遣っている。

 

 「大丈夫です。……皆を助けられなかった分、これくらいはやらないと、罰が当たりますから」

 

 それは自分に向けた言葉でもあった。

 弱かった自分。何も出来なかった自分。

 だからこそ、せめて最期くらいは人として弔いたい。

 

 勇者はしばらく黙り込み、やがて軽く息を吐いた。

 

 「……よし。じゃあ、ちゃっちゃと済ませよう」

 

 「えっ?」

 

 勇者は立ち上がり、腰の埃を払う。

 

 「一人でやるつもりだったが、君がやるって言うなら手伝わないわけにはいかないだろ。やるなら効率よくいこう、効率よく」

 

 その言葉に、胸の奥がじんわりと熱くなった。

 

 「い、いいんですか? 勇者さんは忙しいんじゃ……」

 

 「確かに忙しい。だがな、命を弔う時間を惜しむほど、俺は偉くないさ」

 

 さらりと言ってのけるその背中は、やはり大きく見えた。

 

 「向こうに荷車が残ってるはずだ。君はそれを使え。俺はこっち側から回る。反対側で合流しよう」

 

 「……はい!」

 

 自分は力強く頷き、馬小屋の方へ駆け出す。

 そこには確かに、逃げ出した時に使わなかった荷車が残っていた。

 

 これなら、一人ずつ運ぶ手間は減る。

 勇者は素手でやるつもりらしいが、あの人なら問題ないだろう。

 

 それから――

 

 自分と勇者は、半日以上をかけて村中を回った。

 静まり返った焼け野原に、二人分の足音だけが淡々と響く。

 

 誰もいない村。

 風の音だけが、死者の代わりに語りかけてくるようだった。

 

 やがて、一つ、また一つと土の山が増えていく。

 

 小さな墓標。

 名も刻めぬ、せめてもの弔い。

 

 それでも――

 

 この世界で生きた証を、確かに地に刻むために。

 

 ――転生勇者が死ぬまで、残り7797日。

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