「俺みたいな勇者に、か?」
勇者が少し意外そうに目を瞬かせて聞き返す。
自分は小さく頷いた。
こんな願いを面と向かって口にするのは、正直気恥ずかしい。
中身だけならそれなりに年を重ねた人間が、子供の身体で「憧れ」を語るなど、滑稽に映るかもしれない。
――だが。
あの圧倒的な強さ。
自分たちを守るため、危険を顧みず魔物へと踏み込んでいく背中。
死と隣り合わせの戦場で、それでも迷わず剣を振るう姿。
それを見て、心が震えないはずがなかった。
「貴方みたいな、立派な勇者になりたいんです」
自分が弱かったせいで、誰も守れなかった。
勇者が来なければ、自分もミオも――今ここで息をしてはいなかった。
――もう、あんな思いはしたくない。
今ある才能で、誰かを守れるほど強くなりたい。
自分と同じ悲しみを背負う人間を、一人でも減らしたい。
だからこそ、勇者から学べるものを一つでも得ておきたかった。
それが、今の自分にできる唯一の一歩だと思えたから。
「……立派な勇者、ねぇ」
勇者は焚き火の熾火を見つめながら、言葉を探すように沈黙した。
揺れる炎に照らされた横顔は、どこか遠い過去を見つめているようだった。
「この間な。……君たちと同じように、魔物に占領された村があった」
唐突に語られた別の話。
おそらく、ドレーカ村へ辿り着く前に遭遇した惨劇なのだろう。
「なんとか村を解放して、子供を数人救い出したんだが……」
勇者は一拍、息を置く。
その間に、夜風が焚き火の火を揺らした。
「その中の一人が、俺にこう言ったんだ」
――『なんで、もっと早く助けに来てくれなかったの?』
その言葉は、夜気の中に重く落ちた。
まるで見えない刃となって、胸の奥へ突き刺さる。
「……ってな」
勇者は自嘲気味に笑った。
だが、その笑みはどこか痛みを隠すための仮面のようにも見えた。
自分の胸の奥が、ぎゅっと締めつけられる。
涙をこらえながら勇者を見上げる子供の姿が、容易に想像できてしまった。
「後から聞いた話だが、その子の母親は……俺が到着する少し前に殺されていたらしい」
「ッ……」
息が詰まる。
親は、子供にとって世界そのものだ。
その世界を奪われた子が、これから何を支えに生きていけばいいのか。
自分も、同じ問いを抱えたことがある。
だからこそ、その痛みが分かりすぎるほど分かった。
――勇者でも、救えない命はある。
それは理解している。
だから勇者を責める気持ちは一切なかった。
だが、子供にとってそんな事情は関係ない。
失われたものは、もう二度と戻らないのだから。
「君が、俺にどんな理想を抱いているのかは知らない」
勇者は静かに言った。
「でもな……俺は、立派なんかじゃない」
その声には、疲労とも諦観ともつかない重みがあった。
まるで背負いきれない亡霊たちの声を抱え込んでいるかのように。
英雄。
勇者。
希望の象徴。
――その裏側にある現実を、自分は今、初めて知った気がした。
「……勇者さん」
自分の声は、小さく震えていた。
焚き火の爆ぜる音だけが、夜の静寂に響いていた。