転生勇者が死ぬまで10000日   作:慶名 安

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第3章ー34

 「俺みたいな勇者に、か?」

 

 勇者が少し意外そうに目を瞬かせて聞き返す。

 自分は小さく頷いた。

 

 こんな願いを面と向かって口にするのは、正直気恥ずかしい。

 中身だけならそれなりに年を重ねた人間が、子供の身体で「憧れ」を語るなど、滑稽に映るかもしれない。

 

 ――だが。

 

 あの圧倒的な強さ。

 自分たちを守るため、危険を顧みず魔物へと踏み込んでいく背中。

 死と隣り合わせの戦場で、それでも迷わず剣を振るう姿。

 

 それを見て、心が震えないはずがなかった。

 

 「貴方みたいな、立派な勇者になりたいんです」

 

 自分が弱かったせいで、誰も守れなかった。

 勇者が来なければ、自分もミオも――今ここで息をしてはいなかった。

 

 ――もう、あんな思いはしたくない。

 

 今ある才能で、誰かを守れるほど強くなりたい。

 自分と同じ悲しみを背負う人間を、一人でも減らしたい。

 

 だからこそ、勇者から学べるものを一つでも得ておきたかった。

 それが、今の自分にできる唯一の一歩だと思えたから。

 

 「……立派な勇者、ねぇ」

 

 勇者は焚き火の熾火を見つめながら、言葉を探すように沈黙した。

 揺れる炎に照らされた横顔は、どこか遠い過去を見つめているようだった。

 

 「この間な。……君たちと同じように、魔物に占領された村があった」

 

 唐突に語られた別の話。

 おそらく、ドレーカ村へ辿り着く前に遭遇した惨劇なのだろう。

 

 「なんとか村を解放して、子供を数人救い出したんだが……」

 

 勇者は一拍、息を置く。

 その間に、夜風が焚き火の火を揺らした。

 

 「その中の一人が、俺にこう言ったんだ」

 

 

 

 ――『なんで、もっと早く助けに来てくれなかったの?』

 

 

 

 その言葉は、夜気の中に重く落ちた。

 まるで見えない刃となって、胸の奥へ突き刺さる。

 

 「……ってな」

 

 勇者は自嘲気味に笑った。

 だが、その笑みはどこか痛みを隠すための仮面のようにも見えた。

 

 自分の胸の奥が、ぎゅっと締めつけられる。

 涙をこらえながら勇者を見上げる子供の姿が、容易に想像できてしまった。

 

 「後から聞いた話だが、その子の母親は……俺が到着する少し前に殺されていたらしい」

 

 「ッ……」

 

 息が詰まる。

 

 親は、子供にとって世界そのものだ。

 その世界を奪われた子が、これから何を支えに生きていけばいいのか。

 

 自分も、同じ問いを抱えたことがある。

 だからこそ、その痛みが分かりすぎるほど分かった。

 

 ――勇者でも、救えない命はある。

 

 それは理解している。

 だから勇者を責める気持ちは一切なかった。

 

 だが、子供にとってそんな事情は関係ない。

 失われたものは、もう二度と戻らないのだから。

 

 「君が、俺にどんな理想を抱いているのかは知らない」

 

 勇者は静かに言った。

 

 「でもな……俺は、立派なんかじゃない」

 

 その声には、疲労とも諦観ともつかない重みがあった。

 まるで背負いきれない亡霊たちの声を抱え込んでいるかのように。

 

 英雄。

 勇者。

 希望の象徴。

 

 ――その裏側にある現実を、自分は今、初めて知った気がした。

 

 「……勇者さん」

 

 自分の声は、小さく震えていた。

 

 焚き火の爆ぜる音だけが、夜の静寂に響いていた。

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