翌朝。
リーヴ村へ戻る道中、魔物の襲撃を避けるため、勇者が途中まで見送ってくれることになった。馬の手綱は勇者が握ってくれていた。どうやら勇者は行きに魔法でドレーカ村まで移動していたらしい。馬を使わず、しかも自分より先に到着していた理由がようやく腑に落ちた。
――それにしても、本当に規格外だ。
自分は途中で休憩を挟みながら必死に走ってきた。それでも追いつけなかった。魔法による移動だとしても、距離と消耗を考えれば常人には不可能だ。改めて、この人が「勇者」と呼ばれる所以を思い知らされる。
「もし――まだ君が強くなりたいと願うなら」
静かな道を進む中、勇者が唐突に口を開いた。
「ソワレル魔法学園に入るといい」
「……えっ?」
あまりに脈絡のない提案に、頭が一瞬止まる。
さっきまで特に会話もなかったのに、急に進路相談を持ち出されるとは思わなかった。
「クルーシア国唯一の魔法学園にして、世界でもトップスリーに入る名門だ。卒業生のほとんどが何かしらの偉業を成し遂げている。教育の質も、研究環境も、他の追随を許さない。……俺も、そこに在籍していた」
「……急に宣伝ですか?」
思わずツッコミが口をつく。
だが、その学園名には聞き覚えがあった。
――父が通っていた学園。
そういえば、生前に「いつかはお前も目指せ」と言われた記憶がうっすらと蘇る。忘れていたはずの言葉が、今になって胸の奥を叩いた。
「独学で学ぶのも悪くはない。だが、一人で得られる知識には限界がある。あそこには優秀な教師も多い。強くなるには、身体を鍛えるだけじゃ足りない。魔法への理解が不可欠だ」
「魔法への……理解」
「ああ。魔法は底なし沼だ。人類が何百年、何千年と研究しても、未だに全てを解き明かせていない。それでも理解を深めれば深めるほど、応用が利くようになる」
自分は、あの戦いを思い返す。
勇者が放った、常識外れの魔法。
余剰魔力の流れを読み、戦場そのものを支配するような一撃。
あれは、単に「魔力量が多い」だけでは到達できない領域だった。
魔法を“知っている”のではなく、“理解している”者の技。
――自分には、まだその発想すらなかった。
「もっとも」
勇者は肩をすくめる。
「入るには相当厳しい試験がある。毎年倍率は三桁超え。合格できるのは三十人前後だ。狭き門だが、入れれば得られるものは大きい」
三十人。
それ以外の何千人は、不合格の通知だけを受け取る。
想像しただけで胃がきしむ。
だが、それだけの価値があるということなのだろう。
「まあ、今はそれどころじゃないかもしれないがな。一応、頭の片隅にでも置いておけ」
「……はい」
返事は小さかったが、その言葉は確かに胸に刻まれた。
やがて、リーヴ村が見える位置まで来る。
ここから先は一人で帰れるだろう、と勇者は立ち止まった。
「じゃあな。単独行動はくれぐれも気ぃ付けろよ」
「……はい。ありがとうございました」
互いにそれ以上の言葉は交わさない。
勇者は魔法陣を足元に描き、次の瞬間、光とともに姿を消した。
その背中を、しばらく見送る。
――そういえば、勇者の名前を聞いていない。
自分も名乗っていなかった。
だが、不思議と後悔はなかった。
「また、どこかで会えればいいか」
そんな軽い気持ちで呟き、リーヴ村への帰路につく。
だが――
その後、勇者の姿を見た者は、誰一人として現れなかった。
――転生勇者が死ぬまで、残り7794日。