「『はあ……はあ……はあ……』」
勇者の魔法の嵐から辛うじて逃れ、気が付けば私は十キロ以上離れた山の麓まで退避していた。全身にまとわりつく焦げ臭さと痛みが、あの一撃の凄まじさを否応なく思い出させる。
――十死怪にまで登り詰めたこの私が、人間風情に敗走するとは。
屈辱。
それ以外の言葉が見つからない。
「『……その上、成果はこれだけか』」
乱れた呼吸を整えながら、影魔法を解く。
地面の影が蠢き、その中から一つの影が形を成す。
「『おい。いい加減起きろ、ダークボルト』」
「っ……はぁ、はあ……」
影の中から現れたのは、黒い鎧を纏った長身のコボルト。
私と同じく十死怪に名を連ねる魔将――ダークボルト。
勇者の一撃を真正面から受けながらも、こいつはまだ生きていた。肩から下腹部まで一直線に裂けた傷は深いが、十死怪級の生命力なら時間をかければ回復できる範囲だ。
だから拾った。
ただそれだけの理由だ。
こいつに恩を売ったところで、私に得はない。
だが、これ以上魔王軍の戦力を失えば、軍全体の損耗は取り返しがつかなくなる。そして、その責任は確実に私へ降りかかる。
――私の地位を守るためだ。
本当に、不本意極まりない。
「だぁぁっ……てめぇ、なんで俺を助けやがった……? 助けねぇって言ってたはずだろ……!」
瀕死の状態でも、真っ先に飛び出すのは感謝ではなく怒声。
相変わらず、救いようのない戦闘狂だ。
「『勘違いするな。今回の失態は私の指揮の問題だ。自分の問題は自分で処理する。それだけの話だ』」
「はっ……! 結局、自分の保身が第一ってわけか。さすが雑魚らしい発想だなぁ……」
「『……好きに言え』」
いちいち腹を立てる気にもならない。
こいつが皮肉しか吐けない生き物であることなど、今に始まった話ではない。
「『私は一時撤退する。言っておくが、貴様の面倒を見るのはここまでだ。その辺の魔物に喰い殺されようが、偶然人間に見つかって捕まろうが、私の知ったことではない』」
「へっ……雑魚に介抱されるくらいなら、野垂れ死んだ方がマシだぜ……。帰るなら、とっとと帰りやがれぇ……」
最後の最後まで減らず口。
呆れるほど一貫している。
私は影をまとい、魔王城への帰還準備を整える。
――それよりも問題は。
「『……魔王様に、どう弁明するか、だな』」
今回の作戦失敗。
勇者の生存。
十死怪二名の敗走。
どれ一つ取っても、魔王軍にとっては致命的な失態だ。
胃の奥が重くなる。
さて――
どんな言葉を選べば、首が繋がるだろうか。
影が私を包み込み、山の麓に闇だけが残った。