頭の中が、しばらく停止していた。
魔物が襲ってきた――そう思い込んでいたせいもある。だが、目の前で暴れ回る連中の動きが、十年前に見た魔物たちの姿とあまりにも重なりすぎていた。唸り声、獲物をいたぶるような笑い、怯える者を楽しむ視線。理性では「人間だ」と理解していても、本能がそれを拒んでいた。だからこそ、「同じ人間だ」と認識するまでに、わずかな時間を要した。
「いやぁ、離してっ!」
甲高い悲鳴が村の空気を切り裂く。
「へへへ、そんな嫌そうな顔すんなよ、姉ちゃん」
賊の一人が、女性の両腕を背後からねじ上げるように押さえつけ、逃げられないよう拘束していた。脂ぎった笑みが張り付いた顔は、人というよりも、餌を前にした獣のそれに近い。
「おいおい、逃げんなって。俺たちは金と女さえ手に入れば、さっさと引き揚げてやるんだぜ?」
「出来れば若ぇ女はそのまま置いてってくれると助かるんだけどなぁ。ぎゃはははは!」
周囲の村人たちは、恐怖に駆られて距離を取るばかりで、誰一人として踏み込めない。足がすくんで動かないのか、あるいは動けば殺されると悟っているのか。どちらにせよ、その場には無力だけが漂っていた。
男たちは短剣や銃のような武器を見せびらかし、荒んだ空気を纏っている。山賊――あるいは盗賊団。まともな暮らしから逸脱し、力で奪うことを当然とする連中。目に宿る光は、人間のそれではなく、欲望と暴力だけで生きる獣の輝きだった。
「おらぁ! 逃げてばっかじゃ話にならねぇぞ! 有り金全部置いてけ! 逆らったら地の果てまで追い回してやるからな!」
「ひぃっ……!」
悲鳴と脅迫が交錯する。
それを見て、賊たちはますます楽しそうに笑い声を上げた。まるで、恐怖こそが酒の肴であるかのように。
「金を出さねぇならよぉ……身体で稼いでもらうしかねぇよなぁ?」
捕まっている女性たちの顔が、みるみる絶望に染まっていく。涙を浮かべる者、歯を食いしばる者、ただ呆然と立ち尽くす者。どの表情も、かつて自分が見た“あの日の村”と同じだった。
「お願い……それだけは、やめて……」
か細い懇願。声は震え、今にも消えそうだった。
しかし賊の一人は、わざとらしく甲高い声を作り、
「『みんなお願い、私のためにお金渡してぇ〜!』って頼んでみろよ!」
と嘲笑した。
――その瞬間。
胸の奥で、何かが確かに切れた。
卑劣。
醜悪。
人の皮を被っただけの魔物。
十年前、村を蹂躙した連中と何が違う?
家族を殺し、尊厳を奪い、笑いながら命を弄んだあの魔物たち。
目の前の光景は、それと寸分違わない。
あの時、自分は何も出来なかった。
足が動かず、声も出ず、ただ見ているだけだった。
――だが今は違う。
今度は、見て見ぬふりはしない。
自分の視線に気づいたのか、賊の一人がこちらを睨み返してきた。
「……あ? なんだガキ。何ガン飛ばしてんだ?」
目が合った。
だが、不思議と恐怖は湧いてこない。
あるのは、腹の底から湧き上がる怒りだけ。
熱く、鋭く、逃げ場のない炎のような感情。
賊の男は次に、自分の手元――買い物籠と巾着袋へと視線を移す。
「お前、それ。金持ってんだろ? 出せ」
獲物を見つけた肉食獣の目。
だが――だから何だ。
自分は一歩、前へ出る。
足音が、異様に大きく響いた。
「……ふざけんな」
「……あ゛?」
喉の奥から、低く押し殺した声が自然と漏れた。
「ふざけんな。とっとと消えろよ――クソ野郎」