「クソ野郎? 帰れだぁ??」
「ああ。そう言ったんだ。聞こえたなら、とっとと消えろ!」
自分も負けじと圧をかける。
もちろん、奴らが素直に引き下がるなどとは最初から思っていない。目的は挑発――怒りに任せて殴りかかってきたところを返り討ちにする算段だ。
こういう手合いは、舐められれば必ずキレる。怒れば、真っ先に自分へ手を出してくるだろう。
だが、殺しはしない。相手は魔物ではなく人間だ。命までは奪えない。あくまで暴動を鎮める。それだけだ。
――来るなら来い。
そう腹を括った、その瞬間。
「……ぷっ」
「なっ?」
想定とはまるで違う反応だった。
さっきまで沸点寸前の表情をしていた賊たちは、なぜか吹き出し、次いで腹を抱えて笑い出した。目の前で睨み合っていた男でさえ、こらえきれないように肩を震わせている。
「はっはっはっは! クソ野郎はとっとと帰れ、だってよ?!」
「おーこえーこえー!!」
「な、何が可笑しいんだ!?」
問いただす。
ガキ一人に啖呵を切られているのだ。普通なら怒り狂う場面のはず。それなのに、なぜ笑う。
「はっはっはっは……そりゃ笑うしかねぇだろ」
「はっ?」
「おいおい、こいつ――まだ状況が分かってねぇらしいぞ?」
「正義の味方ごっこは結構だがよぉ!」
その言葉を聞いた瞬間、ようやく気づく。
いや――気づかされる。
「おい、ガキ。こっちには“人質”がいるんだぞ?」
「ッ……!」
遅れて、理解が脳を殴った。
そうだ。
向こうには捕まっている女性たちがいる。
怒りに飲まれ、あまりに単純な事実を見落としていた。
「俺らに歯向かおうってんならよぉ……そこにいる女共がどうなるか、分かってんだろ?」
「ひぃっ……!」
賊の男は、見せつけるように一人の女性の首元へ短剣を突きつけた。刃が肌に触れ、女性の身体が小刻みに震える。
自分の行動が、完全に裏目へ出た。
いや、もともと奴らはこうするつもりだったのかもしれない。だが、余計に状況を悪化させたのは確かだ。
――自分は、なんて馬鹿なんだ。
前世なら、こんな無謀な真似は絶対にしなかった。
勇者に憧れ、正義感に酔い、結果として誰も救えないどころか、危険を増やした。
最悪だ。
「分かったら金を置いてけ。それとよぉ……お兄さん達に舐めた口を利いた悪い子は、しっかり教育しねぇとな?」
男はそう言いながら、自分に向かって大きく腕を振りかぶった。
同時に視界の端では、他の賊たちが女性たちの首元へ刃をちらつかせている。――抵抗すれば分かってるな、という無言の脅しだ。
殴られるのは慣れている。
だから甘んじて受け入れるつもりだった。
だが――それでも屈辱だった。
また、何もできずに耐えるだけなのか。
また、あの日と同じ無力な自分に戻るのか。
「よーし、そこを動くな……」
そう思った、その瞬間だった。
「そらよっ、と!」
青色の巾着袋がひとつ。
自分たちの頭上から、音を立てて落ちてきた。