「あ゛っ?! なんだ、これ?」
自分たちの頭上から落ちてきた巾着袋は、そのまま鈍い音を立てて地面に転がった。
自分も賊たちも、何が起きたのかすぐには理解できない。
――落ちてきた?
いや、違う。投げ入れられたのだ。
袋はずっしりと膨らんでいる。
これは……財布? それも、かなりの大金が入っているように見える。
一体、誰のものだ?
「金貨三十枚、銀貨五十枚、銅貨百五十枚。私の手持ちすべてだ」
静かな声が、自分の背後から響いた。
「それでどうか、身を引いてはくれないかな?」
「あん?」
声の主へ振り返る。
そこに立っていたのは、長い青髪を後ろで束ねた男だった。年の頃は三十代ほど。落ち着いた目元に、整った顔立ち――いわゆる塩顔の美形。だが、それ以上に印象的なのは、その場の空気にまったく飲まれていない堂々とした佇まいだった。
「なんだ、てめぇは?」
賊の男が胡散臭そうに睨みつける。
「しがない旅行客さ。まさか旅の途中で、こんな騒ぎに出くわすとは思わなかったがね」
「こんなしけた村に旅行だぁ? けっ、物好きなボンボンかよ!」
「まあ……そんなところかな」
男は肩をすくめ、淡々と答える。
よく見れば、着ているコートは上質な生地で仕立てられており、泥一つ付いていない。明らかにこの村では見かけない類の服装だ。
――貴族か。
それも、都会育ちの。
この村から最寄りの都市までは、馬車でも二日はかかる距離だ。
そこまでわざわざ足を運ぶほどの旅好きなのか、それとも別の目的があるのか。
「さて、話を戻そうか」
青髪の男は、再び賊へ視線を向ける。
「その金と引き換えに、この村の人々へ危害を加えず、大人しく立ち去ってはもらえないだろうか? これだけあれば、しばらくは不自由なく暮らせる額だと思うが」
「……」
金貨三十枚。
銀貨五十枚。
銅貨百五十枚。
この世界で、銀貨一枚でも一日の食事に困らない。
金貨ともなれば、一般家庭なら数か月は余裕で暮らせる。
それが三十枚――一体どれほどの財産なのか、考えるまでもない。
だが。
「へっ……!」
賊の男が、唾を吐くように笑った。
「俺たちが、それだけの金で満足できると思ってんのかぁ?」
「毎日浴びるほど酒を飲んでよぉ、女を抱いてよぉ、ヤベーブツにも手ぇ出して生きてんだ。こんなはした金で引き下がれるわけねぇだろ!」
「この村にある金と女、全部かき集めても足りねぇんだよ!」
狂った笑い声が、広場に響く。
ヤベーブツ――おそらく薬物か、それに類する禁制品。
そこまで手を染めているなら、この異常な興奮ぶりにも納得がいく。
「ほお?」
青髪の男は、意外そうに眉をわずかに上げた。
だが、その表情には恐れではなく――興味が浮かんでいる。
「なるほど……どうやら“当たり”だったようだね」
「はっ?」
賊だけでなく、自分までもが思わず声を漏らす。
取引を拒否されてなお、この男は微笑んでいた。
まるで、最初からこの答えを期待していたかのように。
「悪いが――」
青髪の男が、一歩前へ踏み出す。
「今の話、もう少し詳しく聞かせてもらおうか」