転生勇者が死ぬまで10000日   作:慶名 安

93 / 142
第4章ー7

 「あ゛っ?! なんだ、これ?」

 

 自分たちの頭上から落ちてきた巾着袋は、そのまま鈍い音を立てて地面に転がった。

 自分も賊たちも、何が起きたのかすぐには理解できない。

 

 ――落ちてきた?

 いや、違う。投げ入れられたのだ。

 

 袋はずっしりと膨らんでいる。

 これは……財布? それも、かなりの大金が入っているように見える。

 一体、誰のものだ?

 

 「金貨三十枚、銀貨五十枚、銅貨百五十枚。私の手持ちすべてだ」

 

 静かな声が、自分の背後から響いた。

 

 「それでどうか、身を引いてはくれないかな?」

 

 「あん?」

 

 声の主へ振り返る。

 そこに立っていたのは、長い青髪を後ろで束ねた男だった。年の頃は三十代ほど。落ち着いた目元に、整った顔立ち――いわゆる塩顔の美形。だが、それ以上に印象的なのは、その場の空気にまったく飲まれていない堂々とした佇まいだった。

 

 「なんだ、てめぇは?」

 

 賊の男が胡散臭そうに睨みつける。

 

 「しがない旅行客さ。まさか旅の途中で、こんな騒ぎに出くわすとは思わなかったがね」

 

 「こんなしけた村に旅行だぁ? けっ、物好きなボンボンかよ!」

 

 「まあ……そんなところかな」

 

 男は肩をすくめ、淡々と答える。

 よく見れば、着ているコートは上質な生地で仕立てられており、泥一つ付いていない。明らかにこの村では見かけない類の服装だ。

 

 ――貴族か。

 それも、都会育ちの。

 

 この村から最寄りの都市までは、馬車でも二日はかかる距離だ。

 そこまでわざわざ足を運ぶほどの旅好きなのか、それとも別の目的があるのか。

 

 「さて、話を戻そうか」

 

 青髪の男は、再び賊へ視線を向ける。

 

 「その金と引き換えに、この村の人々へ危害を加えず、大人しく立ち去ってはもらえないだろうか? これだけあれば、しばらくは不自由なく暮らせる額だと思うが」

 

 「……」

 

 金貨三十枚。

 銀貨五十枚。

 銅貨百五十枚。

 

 この世界で、銀貨一枚でも一日の食事に困らない。

 金貨ともなれば、一般家庭なら数か月は余裕で暮らせる。

 それが三十枚――一体どれほどの財産なのか、考えるまでもない。

 

 だが。

 

 「へっ……!」

 

 賊の男が、唾を吐くように笑った。

 

 「俺たちが、それだけの金で満足できると思ってんのかぁ?」

 

 「毎日浴びるほど酒を飲んでよぉ、女を抱いてよぉ、ヤベーブツにも手ぇ出して生きてんだ。こんなはした金で引き下がれるわけねぇだろ!」

 

 「この村にある金と女、全部かき集めても足りねぇんだよ!」

 

 狂った笑い声が、広場に響く。

 ヤベーブツ――おそらく薬物か、それに類する禁制品。

 そこまで手を染めているなら、この異常な興奮ぶりにも納得がいく。

 

 「ほお?」

 

 青髪の男は、意外そうに眉をわずかに上げた。

 だが、その表情には恐れではなく――興味が浮かんでいる。

 

 「なるほど……どうやら“当たり”だったようだね」

 

 「はっ?」

 

 賊だけでなく、自分までもが思わず声を漏らす。

 

 取引を拒否されてなお、この男は微笑んでいた。

 まるで、最初からこの答えを期待していたかのように。

 

 「悪いが――」

 

 青髪の男が、一歩前へ踏み出す。

 

 「今の話、もう少し詳しく聞かせてもらおうか」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。