先ほどまで微笑んでいた塩顔の男は、突如として右手を目の前の賊へ向けた。
「創造せよ。悪事を働く不届き者を制する捕具を」
「は?」
賊が間抜けな声を漏らした瞬間。
「――【拘束《リストゥレイン》】」
短い詠唱と共に、空間がわずかに震えた。
次の瞬間、賊の身体を鉄製の鎖が絡め取るように出現し、四肢をがっちりと縛り上げた。
「う゛っ?!」
「んなっ!?」
「がっ!?」
連鎖するように、他の賊たちの身体にも同じ拘束具が生まれる。
逃げる暇も、抵抗する隙も与えられない。
「きゃあっ!?」
「ッ!?」
人質にされていた女性たちは、何が起きたのか分からず、ただ目を見開いていた。
ほんの数秒。
それだけで、十数人の賊は完全に制圧されていた。
――圧倒的。
自分が剣を抜く暇すらなかった。
「よし。これで制圧は完了かな」
淡々とした声。
拘束された賊の一人が、歯噛みするように呻く。
「ク、クソォ……」
男はそのまま、捕らわれていた女性たちの元へ歩み寄る。
「大丈夫ですか?」
「え……?」
優しく差し出された手。
女性は戸惑いながらも、その手を取って立ち上がる。
「あ、ありがとうございます……」
混乱と安堵が入り混じった表情。無理もない。
女性たちを安全な距離まで下がらせた後、拘束された賊の一人が叫ぶ。
「な、なにもんだ、てめぇ……!」
男は静かに視線を向ける。
「先ほど、“ヤベーブツに手を出している”と言っていたね。それは違法魔法薬物のことかな?」
「……まさか、騎士団か?」
「騎士団に知り合いがいてね。旅のついでに、怪しい連中を見かけたら対処してほしいと頼まれていただけさ」
その言葉で、ようやく理解する。
この男は偶然居合わせた旅行者ではない。
――最初から、賊を追ってここへ来ていたのだ。
「騎士団にはすでに連絡してある。駐在所の者なら、明日には到着するだろう。悪いが、それまで大人しくしていてもらうよ」
「ちっ……クソが……」
賊は悪態をつくが、鎖はびくともしない。
手際が良すぎる。
事前に情報を掴み、準備し、そして確実に仕留める。
――プロだ。
「さて」
男は振り返り、自分の方へ視線を向けた。
「君も怪我はないかい?」
「……えっ?」
不意に声をかけられ、少し間が抜けた返事になる。
「は、はい。大丈夫です」
「そうか。それなら良かった」
胸の奥に、ようやく溜まっていた息を吐き出す。
この人が現れなければ、自分は確実に殴られ、さらに人質の女性たちも危険に晒されていた。
「……あ、あの」
「ん?」
「助けてくれて、ありがとうございます」
素直な感謝。
男は少しだけ目を細め、穏やかに笑った。
「いや。君が勇気を出して声を上げなければ、状況はもっと悪化していたかもしれない。むしろ、私の方こそもっと早く動くべきだった。怖い思いをさせてしまって、すまない」
「い、いえ……俺は何も……」
フォローされればされるほど、自分の浅はかさが胸に刺さる。
英雄気取りの行動が、結果として人質を危険に晒した。
反省すべきは自分の方だ。
それでも――この人に助けられた事実は変わらない。
「……あの。お名前を伺ってもいいですか?」
「ん?」
一度は勇者に憧れた身だ。
ならば今度こそ、恩人の名をきちんと覚えておきたい。
男は静かに微笑み、手を差し出す。
「私はリーフ。リーフ・エンドレッドだ」
差し出された手は、驚くほど温かかった。