────斬った。
斬りに斬った、名が轟くまで、顔を隠さねば表を歩けぬ程まで、誰の瞼の裏にも顔が浮かび、名のある武士に、名のある家に、名を響かせ続けた。
斬っていないものが思い出せないほど、斬り続けた。着物を、ヒラリとまう羽を、分厚い肉を、鋼鉄の兜を、頭蓋を、命を。
斬り『伏せた』。斬り『歩いた』。斬り『進んだ』。
斬に生を見出し、斬って斬って斬って斬って、生きてきた。
大剣豪?否、傾奇者?否、兵法者?多少、否。
──宮本武蔵は、宮本武蔵だ。
生き『残る』ならば別の方法がある。生き『続ける』なら隠居でもすればいい。誰の脳髄にも染み渡るような『生き方』がしたいのなら、剣を握らず筆を取り、雑兵にてっぽうでも握らせればいい。
だが、剣を握り、斬る道を選んだ。
けれど、剣を握り、戦場に立った。
しかし、剣を握り、生きてきた。
次第に───剣を握らずとも、我が手に二刀あり。
新たな戦火を、新たな戦いを、新たな名声を。
殺戮者?否、武闘家?否、性悪に生き足掻く卑怯者───的外れでは無い。
それでも、宮本武蔵は宮本武蔵だ。
命は軽く、羽毛を超え、雲に触れ、空に落ちる。
一太刀に命を掛ければ自ずと、命は一太刀分の価値しかなくなっていく。
二太刀目を振るう機会があれば、それはただ生きながらえているだけで、同じく二太刀目に命を掛ける。
三、四、五、〜〜〜〜万。数えたことは無いが、死合いで振るった凡そは覚えている。
そして一度、奇跡が起きた。
老い、朽ち、所詮は日ノ本の天下一。
二度目の生を受ける、という奇跡で、今度は真に天下一を目指していいと。
そんな世界で、拳士に出逢う。
──疾く、迅い
斬れば、天下一に届く強き人との立ち合いは───……そうだな、守護る者によって、斬った所で変わらぬイマの理を教えられた。
さりとて、宮本武蔵は宮本武蔵でしかない。
変えられぬ性を前に、世から弾かれた獣と、俺すら守護ろうとした……ククっ、本部以蔵。遊びを止め、元鞘に戻ったその後には、仏の様な男と、最後には
理が通らぬ、虚しい終わりではあった、が。
理が通らずとも、
理の通らない、もてはやされ方もした。
斬る事を望まれても、斬られる事を望む者なんていない。『斬る』意味を理解していない者は、『斬る』ことを拳法の一つか何かだと。
皆、あの世界の拳士は皆、幼子のような顔を向けてくれる。宮本武蔵に、期待してくれていた。夢を、夜更けに語る物語を、人道の光を見るように、我を見る。
その形無き力に『選ばせられた』のだ。時には斬る事を選ばされ、斬ら
力とは我儘を押し通すモノの筈、で、あるのならば、見事也。
人斬り宮本武蔵は、見事に負けた。
だとしても、宮本武蔵は宮本武蔵。
孤独は、癒えない。
「──。偶然の産物にしか過ぎないけれど、そうだね…利用出来るものは、利用していこう」
淡い視界。淡い意識。淡い声。
覚えがある、二度目の生、始まりは……このような……。
────。
ふむ。どうも、奇跡とやらは何度も起きてよいものらしいな。
そしていつも、どんな世でも、手を出してはいけぬ禁忌に触れるのは、愚か者か。悪徳が、非逆が声に出ておる。
──変わらぬ手足、感覚、意識。
無刀を象る我が両腕、ここに在り。
膜を破り、水のような液体に触れる身体は現実に有る。
で、あれば、ここは。
「ふむ」
「あっち、とは、ここか?」
「あっち?」
──邪悪、だな。
未来の日ノ本に居た…かがくしゃ、あれとよく似たどうにも悍ましい業が理解る。
人殺し、戦であれど、こうも屍に囲まれまい。何もない平野の真ん中で、屍の山が睨みつけてきよる。
「──おっ…」
左薙、後に断頭。
──袈裟を着た若者が、もつれるものも無い場所で足を絡ませて一、二回転、くるりと転ぶ。
解せない顔で、いやしかし、確かな実感を持ち首筋へ手を当てる。
繋がっているのが当たり前の首と胴体、それがどうだ、確かに『斬られた』。確かに『死んだ』。
なのにどうして生きているのか、ペタリと床に背を向けた後…伸びをして、起き上がる。
「なるほど、気配斬りって奴?」
「問うまでも無かったか。見れば分かる、なんとなんと…──積み上げきったものよ」
「千、いや、万は下らぬその頭蓋。天を覆う嘆きと涙で作られた雷雨。その全てを呑む暗闇、そしてその中で貴様は嗤っているな」
「俺とて、身震うぞ。──ボン、あっち、とはとんでもない場所だな」
この男、地獄の鬼も泣きわめこう怨嗟に塗れておきながら、なんともまぁ、静かなものよ。
「そうだね、言う通りだ。さて…君の名前を聞こう、名前は大切だ、君がどうしてここに居て、生きて、存在しているのかを定義する」
「特級仮想怨霊、君の──名前は?」
「──名は武蔵、性は宮本」
「────宮本武蔵と申します」
■
──あの男は、模倣された魂だと言った。
この身、この心確かに武蔵あれど、真の意味で『元』では無いと。
無念、執念、執着、羨望。人の業がじゅりょく、なる力へと澱み積もるこの世界、風景の様相は変わらぬが、根本が異なる別の世界。
時に──じゅりょくは受け止める器が必要なのだと、零れ、滴ってしまったものは、歪な形、じゅれい。として生れ落ちるのだと。
そして俺は、零れた結果なのだと、あの男は言った。
あの時と同じ、民が、衆が求めた『宮本武蔵』が世界から零れ落ちた。その結果が俺なのだと。
「で、あるのならば。何故俺に拳士との果たし合い、その実感が残っている?」
「んー。分からないね。まっ、時々あるんだよ、位相の違う場所、魂の通り道からひょいと転がってくる事が」
「ふむ──。あいわかった、して夏油殿。俺に、何を望む?」
「望む……ねぇ…。特に何も、妙な反応があったから寄っただけさ。取り込めそうなら取り込みたかったけど…それだけ自我を確立、いや、前世を持ち込んで来ちゃったのならめんどくさい」
「──自由だよ、宮本武蔵。君は自由だ、腹の中に渦巻く呪力を世に吐き出そうが、有り余る欲望を世界へ向け本望を果たそうが、なんにせよ突き進んでいい」
「群雄割拠のこの時代、君は望む形を求めていい。質問を返そう宮本武蔵」
「君は、何をこの世界に望む?」
────。
歪みを自覚し、歪みに歪み果てた己の欲望。俗物にして、生の果てにして、終わりの無い欲を抱え、剣を握った。
それしか生きる道は無い、そうすることでしか生きれない、そうあれと生きてきたのが我、宮本武蔵。
「ククッ──。なるほど、確かに呪いだわな。俺は」
「……?」
「夏油殿、興が分かぬかもしれないが聞き入れよ。俺は贅沢が好きだ、女人も、目が眩む黄金も、地平線まで続く御馳走も、世界に響く名声も」
「何を望むか、ならばこう答えよう。──全てだ。獣を斬り、人を斬り、群れを斬り、国を斬り、斬って斬って斬って斬って───!斬って、全てを手に入れたい」
「我が剣は、一度天に届いた。しかし天は、我が剣に答えを示さず」
「何のために剣を握り、何のために刃を振るい、何のために命を斬り、何のために手に入れる────我事におゐて後悔をせず、我神仏を尊び神仏を頼らず。答えは、斬って手に入れよう」
一度剣を手にしたのなら。
一度も
一度道を歩むと決めたなら、一度たりとて逸れる事なかれ。
他者に感銘を受けようとも、人生を変えられる何かを授けられようとも、己が己である事は変わらない。
宮本武蔵は、宮本武蔵。
それがたとえ、呪いだとしても───、
変わらぬよ、なぁ強き人。そして、
「──。くっ……あはははははっ!いいねぇ君。私と似た者同士だ。求めたのなら、求め切るまで求めざるを得ない。呪いに等しくとも歩みを止められない、いつかくる終わりまで」
「うん。気に入った。私もね、丁度友人が欲しかったんだよ。私の隣に居れば、君が好きなだけ斬れる時間を、世界を作ってあげられるけど?」
「ふぅむ………───」
「一つ忠告しておくと、この世界には君の知らない『最強』も居る。事前情報が無いと、暴れ尽くして殺されるのが関の山。そこら辺のサポートもしてあげるけど?」
「………………」
「……悩むねぇ。私がこれだけ欲しがる相手も、中々居ないんだけど……」
「ああいや、その、なんだ」
「前もそうだったんだが、先に服を頂きたい…」
「──ぷっ。っははは…。あーもう、本当に君、最高」