「──。原型は残るようにしたけど、思ったより頑丈だな」
地形と周囲への影響を考え、五条悟が武蔵へと放った『赫』は本来無限の発散による凄まじい破壊力を有していた、が。
ソレを叩きつけられた剣豪の屈強な肉体が、そして折り重なった願いの数が受け止め、地面に人型のヒビを残すだけに留まる。
呪霊宮本武蔵としての強さ、剣豪宮本武蔵としての強さ。その両方を重ねても、意識は上の空。
衝撃を流し切る芸当が出来ただろうか、否、今の力に拳士達の如何なる技があっても立ち向かえない。
──新しく見えた頂は、やはり孤独に塗れている。
これ程までに遠いと、これ程までに見えないものだと、賞賛も名声も届かない。
成程、成程、成程。地に伏せる武蔵の頭の中には、理解が訪れていた。
「─────」
「生きてる?まっ、死んでたらその時はその時で」
「────……〜〜〜〜ぁ…」
「…寝といた方が楽だよー?」
「────ぁ…」
「…………。はぁ」
仕方ない。と五条悟は二の矢を構える。
拳に纏う呪力の気配は、武蔵が感じた引き寄せる力。ウィークポイントへ的確に命中させるその拳は『重さ』の正体であった。
顔面に一発。それで大人しくなる。
比肩しうる敵の居ない五条悟からすれば、あらゆる他者に手加減して当たり前。それが常となれば、それはもう身に染み着いたものであり、一朝一夕では治めることの出来ない呪いでもある。故に──、
「──甘いな。天上の人」
「────!!」
常在戦場、宮本武蔵に遅れを取ったのは、何も不思議では無い。
細めていた目をパチリと開き、呪術によってアスファルトへ叩き付けられる寸前、懐から取り出し握りこんでおいた手製の煙玉を炸裂させる。
とはいえ五条悟は五条悟。煙幕が効果を発揮するかは怪しかったが、ある二つの要因が武蔵へのを攻撃を止め、防御に徹した理由となった。
──特殊体質『六眼』に映りきらぬ武蔵の姿と、無下限呪術を突破して腕を斬られた事実。
彼に迷いを産んだのは、自身の命を脅かしかねない不安定要素である。
「さらばだ!天上の人!俺が辿り着いた時に再び合間見えよう──!!」
「チッ、しくった」
いつの間にか武蔵の姿は遠く、夜空へと消えていく。しかし飛行能力があるとは思えなかった、持ちうる術式さえ見分ける事の出来る六眼が鈍っていたとはいえ如何にもな人型の不自然な飛翔、つまり、
「──あのレベルが徒党を組んでるのか」
「…………」
「なんとかなるっしょ。それよりさっさと恵の所にお土産持っていかないとな〜」
それでも五条悟は五条悟。
──慢心も油断も、未だ命を穿つ程のものでなく。
■
「……見て…いるとは、思ったが…」
骨も肉も無い身体で、魂とも呼べようモノが軋み痛む感覚。急所が無くなった代わりに、呪力を廻せなくなれば消え失せるという確信。
今更ながら、この肉体が人ではないと、呪霊であり決して踏み戻る事はないと分かる。
背広を掴む呪霊、羂索が俺にかけていた最低限の監視と保証だろうが、
「く……ククッ……」
「……暫くは…動けぬな……」
──にしても、愉しかった。
最後の一太刀はなんだ、アレが術式か?それとも何か別の条件で斬れたのか?
いやだが刃は止まっていた、ならばやはり、術式が今際の際にて
こんな高揚は、こんな悦びは、初めて剣を握った時以来だ。ああいや、遊郭にて極上の花魁と一夜を共にした──いやいや、戦を乗り越え恩賞と賞賛、表通りを歩けば名を呼ばれる頃の──いやいやいや、
「────」
「…………」
未来を思い描けば頬が緩むような、強いだけで褒め讃えられる世界だというのに、彼奴はどうしてか孤独を纏っていた。
強さは人を惹きつける。強ければ強いほど、そこに在るだけで人から
それがどれだけ遠くとも、それがどれだけ見えずとも、褒められる筈だ。
範馬勇次郎、範馬刃牙、親子を
俺も傍で見れていれば、拳士の世界をどう登るか早う理解るかもしれなかった。
──どうして冷やこい?どうして何も無い?
もし、もしも、同じ場所に立ったとして、俺を迎えいる景色が同じようなものだとしたら、再び俺は世界に裏切られ───、
「いや。さしずめ、後悔だな」
「強き者は次を求める。次へ次へと更なる馳走へ。だが求めず、拒み、孤独を抱く者は……」
「…………」
言葉にするには、あまりにも憐れか。
到底口にして良いものではない。それに孤独へ想いを馳せるよりかは今は、
「──のう、夏油。これを見越しておったな?俺が敗れ、そして求める事を。…聞こえてるかは知らんが、予測はしてるだろう」
「呪術の手解きしてくれる者を手配してくれ、俺の腹の中に眠る呪力、術式。そのまま収めておくには勿体無い」
■
鍛錬というものは、欲しがるものでは無い。鍛錬というものは、求めるものでも無い。鍛錬とは、する必要も無い。そも、必要か?鍛錬など。
朝に剣を振るう。昼に剣を振るう。夕日が沈む頃まで剣を振り、月の輝く下で剣を振る。
それは別に鍛錬では無い、研鑽を積みたい訳でもなし、ただ俺は剣を振っているだけだ。
言われて──鍛錬だと、確かにコレは鍛錬だと剣を振っていて思い出した事はある。
それも、行水通せば忘れる事。
剣は重い、固く、硬く、そして難く。しかしそうやって剣を振っている内は軽い。まるで何も握っていないように、幼子──とまでは言わんが子供でも振れる程に。
人々は皆、そうして刀を振り続ける俺を流石──だと。流石は剣豪、流石は宮本武蔵、流石は───。
おかしな事だ、何を見て、何を知って、何を思って、何故褒める。
俺はただ楽しんでいるだけだというのに。敵をどう斬るか、矢が飛んでくればどうするか、鉄砲は、槍は、刀は、石は、拳は、俺はどう斬り伏せる?
──ただそれを、淡く恋焦がれていた。
「命を断つものならば、命を断って初めて鍛錬」
「面白い言い草だね。確かに、人を呪わない呪いに意味は無い。呪うと決めて呪いを行使する者には、呪いを扱いきれない」
「江戸ではこの肉が枯れ果てるまで終ぞ、伝わりきらぬ事ではあったがな」
「まぁでも今の君は、剣を振る事も出来ない幼子だけど」
「む。……そう言われると弱い。だからこそ、こうして頼んでいる」
──明後日。
結局、あの血沸く死闘から明後日にも待たされた。身を癒し、報せを座して待つ。その間、唇を噛み締め拳を握り締め、今か今かと訪れを待たされる。
「私も暇じゃないんだけど」
「そう言うでない。それに、あの一件から更に俺を見る目が変わっているではないか。初対面より興味深そうに、そして楽しそうに。どうだ?俺はお前の期待通りの『宮本武蔵』か?」
「──。期待以上、って言うと調子に乗るかい?」
「乗るとも!乗りに乗る!あの男との立ち会いを終えてからというものの、見えるのだ!!」
「──この世の全てから、俺が求められる絵が!」
この男は、夏油傑は、羂索という人間はしがらみを壊そうとしている男だ。誰にも成した事のない、国落としならぬ星落としを。
万物一切が自分の遊具だと信じる傲慢さへ相反するように、全く自分の思い通りにならないモノを望む。酷く矛盾しているが、似た経験はある。
斬っても斬っても斬れないモノを望んでいても、俺は斬れぬもの無し、そんな剣を求めた。
求める者同士、気が合う──道が交わっているとでも。
「……なら軽く例え話でも。直感的な所は君がこれから立ち合う中で学んでいけばいい」
狭苦しいアパートの一室、対面から投げ渡されたのは一本のぺっとぼとる。
外の暑さ故か雫が張り付き、受け取れば手の平を濡らし床へと落ちていく。
「外側のプラスチックが肉体、中の水が呪力だ。君の場合、肉体の持つ『隔てる』役割が希薄になっている。それこそ自然と集約する周囲の結露と中の水が混ざる程度には」
「それ故出口が無い、君の呪力を放出している手段は、誰もが無意識の内に肉体へ纏わせてる微弱な呪力を剣速で強引にぶつけているにすぎない」
「君の、特級怨霊宮本武蔵としての呪力量はそれこそ宿儺の指───あ、分からないか。取り敢えず膨大だとでも」
「現状、水桶から指先で水を掬っている感じかな。あんまりにも下手だから、色々教えるにも大変だし……──って所で一つ、良い訓練方法がある」
「それは、如何に」
「出口が無いなら作ろう。君にとって最も馴染みがあって、それでいて一心同体と言えるものを」
「───」
目を見開き丸くして、夏油が呼び寄せた呪霊の口から取り出したモノをまじまじと視る。
豪華な装飾が施された刀袋。そこから引き出された一刀は鞘すら美しく、抜き身にすれば一層目を焦がす様な刀身を表した。
まるで絶世の美女が一枚一枚、衣服を脱ぎ素肌を晒していくような、そんな美しさだ。
名刀──それも、呪刀の類。
呪具、だったか。刃を目にしただけでもこの感情、握れば火照った身体が殺戮を求め止まないだろう。
「もしや、コレを手に入れる為に?」
「君に五条悟を引き付けてもらったのは別件だけど、こっちは会うのが遅れた理由だよ」
「目利きは出来る方だが、にしても…」
「──妖刀村正。伊勢国桑名の千子村正の一級品、君も前世で見た事があるかもしれないがコレはまた別」
「……堪らんなぁ。正に珠玉、人を斬ろうが血潮の一つも付きそうに無い滑らかさ。真珠を思わせる輝きに加え、人を飲み干す魅力。俺の時代じゃそれ一本で国が争うぞ?」
刀に特別これといった、美を求める気は無い。
しかし強さと同様、度が過ぎれば垣根を越えて惹きつける。
その意味でも妖刀だ、貰えるものは貰うが、
「…──」
「拳を捨てるのが嫌かい?」
「捨てるとな?奇な事を…──ああいや、武を知らぬ身に説いてもか。悩みはそうではなく、拳士の世界でちと、な」
「ふーん。……憂いがあっても、今はコレを出力先にするしかない。普段通りの君の生活に添えるだけで自然と呪力の境界を意識するようになる。物体へ呪力を纏わせる、基礎の基礎さ」
「──あい分かった。精進しよう」
──。
憂うよりは、喜ぶべき。
何れ捨てることになる一つの刀を受け取る。まるで俺を試すかのような剣気と呪怨は、懐かしい愛刀の面影すら覚えた。
徳川、俺は二の舞を踊る能は無い。
拳が剣となるならば、どんな業物も離して良し。
「まずは君が腹の中で無理矢理抑えつけてる『怨霊宮本武蔵』を完全に制御できるようにしようか」
「おお、そこまで見破られていたとは」
「これでも呪術の大先輩だよ?──魂に関しては専門内さ。人斬りと名乗っておきながら随分控えめだね、似合わない道を歩いていると、歪んで戻れなくなる」
「──。ならば俺も一つ」
「夏油。袈裟が似合いすぎていたのが悪い、現代の服は欠片も似合わん」
「…君、そういうジョーク言えたんだ」