ホーゼンフェルト武芸帳 シュヴァルツェスマーケンEXTRA 作:燈夜4649
◇
あたしが剣道で本場日本人の剣道部一同をシバキ倒して数日が経ったある日のことである。
「みんな喜べ! このクラスにもう一人、ヨーロッパからの留学生よ!」
「あたしらの他に、別の国? 欧州って?」
「喜べ男子、また美人の女の子だぞ!」
教室がざわつき始める。
「さ、入ってきて」
と、教師が促すと、扉を開けて黒髪の、気の強そうな目をした女子が入ってきた。
背丈はあたしやイングヒルトとほぼ変わらない。
女教師は彼女の背中を打った。
「キルケ・シュタインホフ。西ドイツからやってきたわ。そうね、フェンシングが得意よ」
「西ドイツ!?」
「よりにもよって、西ドイツ!?」
あたしとイングヒルトの発言はほぼ同時。
「ん、白人がいるわね。留学生?」
キルケは毛並みの違う二人に目を向ける。
あたしは、イングヒルトと共に黙りこむ。
下手なこと言えないじゃない? だって西ドイツだよ西ドイツ!
「ええ、彼女らは東ドイツからの留学生よ。この学級で受け入れているの」
女教師はあっけらかんと。
「なんですって私、アカと同じクラスなの!?」
そしてキルケの毒舌が。
だが毒舌ならあたしも負けてはいない。
その言葉は直ぐにあたしの口から出た。
「アカって何よ、自分は資本家の犬の癖に!」
「なんですって!?」
「犬って言ったのよ」
「黙れこのアカ熊!」
あたしは立ち上がり、教壇へと迫ろうとのっしのし。
だが、そんなあたしの制服をグイッと引っ張り席に着かせるイングヒルトがいる。
「ちょ、イングヒルトってば離してよ!」
あたしは振り返ってイングヒルトに文句を言った。
女教師が割って入ると。
「ほらほら、そんなにじゃれあっちゃって。同じドイツ人同士、仲良くできるでしょ?」
「「「同じドイツ人同士!?」」」
ドイツ人三人は、その全員が噛付いた。
当然であろう。
時は冷戦下、それもお互いの存在を認めてはいても、自国を正当として言って憚らない、紛れもない敵国なのだから。
「こんなの嫌よ! どうして同じ学校、しかも同じクラスなの! このアカめ!」
「黙らっしゃい! 仲良く出来るわね!?」
裂帛たる女教師の一喝。
「……努力します」
「……あ、はい。なるべく穏便にしたいと思います」
「お願いね?」
教壇の女教師にも食って掛かっていたキルケ。
あたしは教壇の女に冷淡な視線を送り続ける。
そしてポツリと呟いた。
「なにか文句あるの、資本主義の犬」
「アカは黙ってて!」
その言葉に、あたしは椅子を蹴飛ばし立ち上がり、またしても教壇へ向かおうとする。
イングヒルトはあたしの腰に飛びついて。
「どうしてあたし達が資本主義の犬と一緒なのよ!」
「私だって! 私もアカと一緒なんて嫌よ!」
あたしとキルケという女。
あたし、この女だけは気に入らない。
止め処ない口喧嘩を始める──仕方ないでしょ!
あたしの魂がこの女を殴れと囁くのだから。
「先生、あちらさんも、ああ仰ってますけど」
イングヒルトが提案する。
さすがのイングヒルト。
感情より理性が立った。
「ダメ。喧嘩はダメ。みんな仲良く。これは日本のルール。『郷に背理では郷に従え』。知らなければ後で辞書でも引いて言葉の意味を調べてちょうだい」
とは女教師の言。
だがしかし。
「アカのド腐れがッ!」
キルケが吼える吼える。
あたしはもう飽きた。
この、西ドイツの女、ことあるごとにアカアカアカと煩いし!
で、あたしはイングヒルトに漏らすのだ。
「あれとどうしたら仲良くなれるって言うの」
「そうね、とりあえず先任留学生には貢物……昼食でも奢ってあげるとアカアカ煩い人も黙るかも」
「面倒な」
「まあ、お近づきになるには同じ食卓を囲むか、贈り物が一番よ、アネット」
「はいはい。イングヒルトさんの案でとりあえずは行きましょうか」
「あら、本気で仲良くなろうと?」
「え? 冗談だったのイングヒルト!」
あたしは仕方なく、あの西側のアホの事を考える。
その間にも続くアホからの暴言の数々。
仕方なくあたしは超適当に応酬していたが。
「このアカ!」と最初から挑戦的。
「あなたはフェンシングが得意なそうね? 聞いたわ? このわたしと剣道で勝負よ!」
「ほう、勝負ねぇ? いいわ、もしあなたが勝ったら、わたしもあなた達を人間と認めてあげてもいいわよ?」
「なんですって資本主義の犬! なんでも順番をつけないと気がすまない帝国主義者が!」
と、なった。
しかし、少し冷静になったあたしは思うのだ。
試合?
剣道?
はあ、面倒くさい。
でも、やるとなったら負けないから!
当然である。
そして、周囲の日本人達も面白がって。
自分達が負けたあたしたちを持ち上げている。
どちらが勝つのか。
心がちょっとだけ冷えたあたしは、いまだ実力の見えないキルケの腕を推し計り。
「西のアイツも凄そうだ」
「どうしてそう言えるんだよ、筋肉フェチ」
「あの姿勢を見ろ! 軍人のように真っ直ぐだ。アイツ、只者じゃねえ」
「はあ、今度は背筋かよ。『うなじがたまんねえ』などというかと思ったぞ、この変態」
「変態は御互い様だろ?」
「んなわけあるか! お前だけ逮捕されるんだな! おまわりさん、こっちです!!」
あたしは思うのだ。
いきなり剣道で立会いだなんて、と。
でも、仕方ないとも思う。
戦いの果てにしかお互いを認め合えない人種もいるのである。
今の自分達が、どうやらそういった人種らに当てはまるようなのだ。
ゲルマン民族の意地に欠けて、こうなったら神聖決闘だッ!
──でも。
「一太刀浴びせるどころか、ヴァルハラに送ってあげるわこのアカども!」
だ、そうです。
自信満々なのよこの女。もう、泣くぞ! 本当はこんなの相手にしたくないよ。
あたしはもう、全力で逃げたいの。
およよ、ヨヨヨのヨ。
もう泣くぞ!