ホーゼンフェルト武芸帳 シュヴァルツェスマーケンEXTRA 作:燈夜4649
◇
体育館。西のバカと勝負の前に、あたしは竹刀で練習を繰り返す。
で、しっかり汗をかいたあと、自販機でジュースを二本買った。
つめた~い、とひらがなで書いてあるやつだ。
泥棒のことなんて少しも考慮もされてないと思われる、無防備な機械である。
あたしはイングヒルトに清涼飲料、不二家ネクターを投げ渡す。
「ピーチ? 桃太郎ね」
もう今更であるが、イングヒルトは日本のことをある程度予習済みらしい。
「桃? 何それ」
「桃から生まれた桃太郎。日本の英雄伝説よ。とは言っても、よく読むとただの海賊な
のよね。私たちゲルマン民族の祖、──ヴァイキングに似てるわ」
「へえ」
正直あたしは興味がない。
あたしが適当に相槌を打っていると。
一口飲んで「美味ッ!」と漏らし、あたしはイングヒルトに話を振る。このジュース、すっごく美味しいんだけど!
で、ところで。
「あの西の犬、イングヒルトと同じ旧貴族出身なんですって」
「そう、ならば剣術は極めていると見て良いでしょうね。少なくとも、基本は叩き込まれてるのでしょう。わざわざ自分で得意と言っちゃうんだもの。彼女、恐らく強いわ」
「そうね、気をつけるわ。でも、青龍刀にエペが通用するわけ?」
「さあ? でも、剣道とフェンシングとは違うからね!」
「わかってる」
「じゃ、今度も二刀流で頑張って!」
「はぁ!?」
「慌てない慌てない、アネット。もうあなたはこの学園で『頭のおかしい二刀流のおバカキャラ』で通ってるんだからしっかりね!」
「どうしてよ!?」
全く酷い話である。たしかにさっきも両手に一本づつ竹刀を持って、練習をしていたけどさあ?
このあたしが「おバカキャラ」だったなんて!
ジュースを飲み干し、あたしは一度親友の頭を解剖してみたいと思った。
その発想、どこから湧いてくるのだろうかと。
てか、少しはフォローしろ、あたしの気持ちも考えてよイングヒルトォ!
◇
それから数日が流れた、ある日の放課後である。
女生徒が箒を渡してくる。
え? 箒? あたしは戸惑うも、体育館に剣道の練習に行こうとしたあたしは女生徒に止められる。
「あたし、魔女じゃないんですけど」
「掃除当番。頑張ってね?」
「イングヒルトにも?」
「ええ、私にも箒ね」
「魔女ごっこ?」
「違うわ。この国に来てあなたはいったい何を見てきたのよ。日本人の生き方、生活の隅々に清潔を保つって思想が根付いてるの。業者に任せてハイ終わり、って国じゃないのよ」
「そう。変なの」
「まあまあ」
「イングヒルトって旧貴族でしょ? 家では人にさせないの?」
「まさか。敬愛すべき我が祖国は、私たち旧貴族にも労働を奨励しているわ」
「ふーん」
日本人は学生なのに掃除をするの? 専門の人は?
二人は日本人生徒が学校の終わりに当番がもくもくと掃除をするのを見て、カルチャーショックを受ける
規律正しい人たち……しかも誰も文句や抗議をしない……誰に見張られてるでもないのに。
あたしは思うのだ。
シュタージ……いえ、忘れよう、あたしに期待されている任務のことなんて。
ここは日本、シュタージに吹き込まれた人間はあたし一人だけ……あたしだけ? 本当に? 日本人の中にコラボレーターが混じっていたら?
いやいや、そんなことは……。
不安は不安を呼び込んで。
でも、あたしには打つ手がない。
おバカなあたしに出来ること!
そう、自分がイングヒルトの暴走を止めるのだ!
でも思う。
暴走しているのは自分自身じゃないのかと。
バカをいつも止めてくれるのは、イングヒルトの方じゃないのかと。