ホーゼンフェルト武芸帳 シュヴァルツェスマーケンEXTRA 作:燈夜4649
◇
体育館には剣道部以外の人間も見学に来ているようだ。
うん、みんな黒髪没個性。
いや、髪形や身長、体型は少しづつ違って見えるのではあるが。
「さ、防具はきちんと装備しなおした? 準備は万端?」
イングヒルトの言葉である。
あたしは防具をチェックする。
そして、使う竹刀は二本……二本?
あたしはイングヒルトを振り返る。
彼女はグッと拳を前に突き出して一言。
「頑張れムサシ、負けんどう!」
と、意味不明な世迷いごとを叫んでいる。
なんじゃそりゃ。
あたしがイングヒルトに気を取られていると、目の前で居合いの構えのキルケがいた。
「構えなさいよ」
「はん、私はとっくに構えているわ。あなたこそ何。フェンシングじゃなかったわけ?」
「手の内見えてる技をぶつけて勝てるほど、自身ありげなあなたに勝つ方法は無いわ」
「ふーん。あたしは中国武術が好きなんだけど! 今回は日本の剣道スタイル。わかる? ハンデよ、ハンデ!」
「はぁ? それでそのへんてこな構えなの?」
あたしは両腕を左右に広げている。
自分でも思うが、ありえない構えである。
当然左右の腕の先には竹刀が一本づつ。
つまり、二刀流だ。
「煩いわね、普通に勝っても面白くないでしょ?」
「何がハンデよ、お互い経験者じゃなかったの?」
「だって、親友の頼みは聞いてあげないと、あの娘が泣くからねえ。あんたにもいい経験なんじゃないの?」
「はぁ?」
「社会主義の正義を身をもって体験することね!」
「くぅうううううう、やっぱりムカつくこの女!」
「はいはい」
「見てらっしゃい今に合法的にアカを成敗してくるわ!?」
対するキルケ。
彼女は竹刀を下段……いえ、剣先は後方に流れている。つまり、あたしからは彼女の持つ竹刀の剣先が見えない。
キルケは腰をさらに落とす。
見間違いでなければ、あれは、居合だ。
リーチの長さを隠す剣術。
「まさか、本当に居合? フェンシングがいいと思うけどな」
あたしは呟く。
「勘がいいじゃない、アカの癖に。あなたを倒すのに本気になる必要は無いのはこちらの台詞よ。フェンシングだと楽勝だもの。私の方こそあなたにハンデを上げるわ」
「負けたときの言い訳?」
「そんな事ないから! 勝者は既に決まってる。それは私! この私、キルケ・シュタインホフよ!」
あたしは溜息。
このおバカも、自分の剣術に相当自信があるようね。
「あたしの剣は誤魔化されないわ。先に言っておくけど、あなたの居合い術の攻撃範囲、見えてるわよ?」
「嘘仰い。日本人の達人ならともかく、フェンシングも知らないような剣術……いえ、でたらめな構えのあなたに言われる筋合いは無いわ」
「知らないの? 二天一流?」
「ああ、あのなんちゃって剣聖? 実戦では役にも立たなかった、いえ、実戦では使われることもなかった机上の空論の流派がなんですって?」
「ああ、あなたでも知ってるんだ。ミヤモトムサシをバカにするのね? そう言うあたしもイングヒルトにこの前教えられたばかりだったけどね!」
「は! 剣聖と呼ばれた剣豪といえど、成功者じゃないじゃない!」
「名前が剣聖として伝わっている。それこそ大和魂の発露じゃなくって? 日本を舞台に剣で語らう。二天一流、これ以上ない剣術だと思うけどと、イングヒルトが言っていたのよね」
「ふん、でも残念、そんなの私の居合術の敵では無いわ。攻撃範囲は見えているだなんて、嘘に決まってる」
「そう。言ってなさいな西の犬。そのうち真実をあなたは知ることになるわ」
「いい加減にしなさいよこのアカが!」
両者、睨み合う。
──で、「始め!」の声が降りたわけだ。
刹那。
紺の袴姿のキルケが摺り足で切り込む。
「キェエエエエエエエエエッ!」
下方から迫る剣先、あたしは左下から来る斬撃を、左の竹刀で受け止める──いや、
留めようとしてその剛剣に弾きかえされ──なかった。
なっ、鋭いんだけどこの犬の剣! でも、その大振りはダメでしょ、隙だらけよ。
「もらった!」
あたしも負けずに踏みこんだ、右の竹刀をキルケの左肩口に。
そして体重の全てをかけて竹刀の上から体を押しこむ、ぶつかる胸当てに面当て。軋む竹刀。
「軽いのよ、あなたは! 西は自由すぎて腰が浮きすぎよ!」
「痛ぅ、東は杓子定規で統制国家の癖に! 動くに動けないく自分を縛ってるのはアカの自縛でしょうに!」
「まだ言うか!」
あたしはさらに押す。
キルケは流すように後ろに飛んだ。
そして彼女はまたも竹刀を体の後ろへ。
「まだ居合いに拘るの?」
「当たり前よ、でたらめ女。あなたも剣道とは程遠いじゃない!」
「あたしは青龍刀が良いんだけど」
「はっ、それならお互い、このまま不得意武道でやりましょうね!」
あたしは溜息一つ。
そして、右手の竹刀をキルケの胸に突きつける。
「これがあたしの間合い」
と言うも『そんな訳が無い』。
「ふん、なら教えてあげる。後、半歩前が私の居合いの間合いよ」
言い放つキルケ。
あたしとしては面白くない。
だからあっさり宣告するのだ。
「それじゃこっちの番」
と、瞬時、あたしは踏み込む。
「させるか!」
キルケがまたもあたしに突進、下段から竹刀があたしに伸びてくる。
「もらった!」
と、がら空きの胴に竹刀を打ち込もうとするキルケ。
だが、あたしは急に体を捻り。
キルケが狙う、あたしの胴が逃げていく。
「でたらめな動きを!」
と、キルケはあたしの胴を狙い打つと見せ。
「甘い!」
瞬間、竹刀と竹刀の音が鳴る。
大きく弾かれ上に跳んだキルケの竹刀。
弾いたあたしの右の竹刀はそのままに、あたしは左の竹刀をキルケの脳天に打ち下ろしたのである。
キルケの頭上に竹が大きくしなる音。
そしてキルケの足元に竹刀が床に落ちる音。
「痛ぁ!?」
と叫ぶキルケを他所に審判は。
「勝者、アネット・ホーゼンフェルト」
と、旗を揚げたのであった。
「そんな嘘よ!」
キルケは叫ぶ。
そしてただ。
ギャラリーから漏れる、不満と不平の声が上がっていた。
「あんなの反則だろ」
「これはもう、剣道じゃねえよ」
「しっかし二人とも強かったな」
「わかるか?」
「強い。でも、二人とも反則負け。かつ礼儀が成ってない」
「剣道。道ってことは、精神の修行も大切だ」
「そうだな。敵を倒せば良いってモノじゃない」
「お前、お互いに四六時中同じ街中で銃口を突きつけあってる人間の神経を元に考えてみろよ」
「あ、ああ。敵だな」
「ああ。不倶戴天の敵だ」
「相手に譲歩できるか? 『美しくない』って」
「『正しい方法で殺してくれ』ってか?」
「それもそうだな、納得いった」
「だろ? ま、分断国家じゃない俺達にはわからない世界だよ」
「全くだ」
あたしとキルケは面を取る。
背を流し、それを拭き取るタオルの下から見える、白いうなじが艶かしい。
「二人とも、美人だよな?」
「そうだな。あのブロニコフスキーって子も、負けずに可愛いよ」
「賛成」
「でも、俺たちに振り向いてくれるかな?」
「どうだろ? 三人とも、その辺のアイドルじゃ顔も体も負けてるよ」
「だな」
「で、俺達を見て笑ってくれるかな?」
「何か一発芸でも見せてみろよ。余りのくだらなさにかわいそうになって、乾いた笑いの一つでも見せてくれるかもな?」
などと、あたしの耳には日本人クラスメイトの耳に届いていたのである。
日本人って、まじめなだけが取柄じゃないのね。