ホーゼンフェルト武芸帳 シュヴァルツェスマーケンEXTRA   作:燈夜4649

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勝利の美〇

 

 

で。

 

一方でおさまらないのは、吹き飛んだ、そして負けを宣告されたはずのキルケである。

 

「ま、まだまだぁ!」

 

と、大声を上げて立ち上がる。

実に痛々そうではある。

 

「もう一本勝負よ!!」

 

あたしはその姿に大きく溜息を見せ。

 

「あんなこと言ってるよ、ねえ、イングヒルトォ?」

「私とも対戦されますか? キルケさん」

 

「アカにファーストネームで呼ばれる覚えは!」

「あーもー。めんどい。超めんどい! 行こ、イングヒルト。あたし喉乾いた」

 

「はいはい、ジュースですね、約束の。勝利おめでとう、アネット」

「ありがとう! でも本当に奢ってくれるの、イングヒルト?」

 

「もちろん!」

「やりぃ!」

 

あたしは味を思い出して喜ぶ。あれは美味い。

あのジュースは最高なのよ!

 

「ちょ、待ちなさいあんたたち!」

「あー、うるさいうるさい、負け犬が何言ってるー。撃墜王のお爺様が泣きますわよ、おほほほほ」

 

「あー! あんたって! 私の血筋どうして知ってるのよ!!」

「「だって、有名じゃない」」

 

キルケは一人、体育館に残される。

ただ、彼女は言葉を聞いた。

 

「あら、西の方、シュタインホフさん。そうだ! あなたも喉が渇いたでしょう。お茶にしませんか?」

「はぁ!?」

 

イングヒルトが誘い、キルケはぼやく。

 

「おいでなさいな、何も取って食べたりなんていたしませんわ」

「そ、そんなんじゃないし!」

 

イングヒルトの笑顔にキルケの顔が、一瞬で朱に染まった。

 

「ちょ、何言ってるのよイングヒルト!」

「まあまあアネット。刃を交わし、お互いに分かり合った中ではありませんか彼女とは。一緒にお茶ぐらい、幾ら東と西でも、構わないと思いますわよ?」

 

ちょちょ、大丈夫……大丈夫なんだよね、密告されないよね!? 焦る焦る。

右、左、前後! 体育館に残ったのは私たち三人だけ、OK、密告者はいたとしても聞いてない、ヨシ! ラッキー!

 

 

勝利のジュース、不二家ネクターを片手にあたしらは。

 

「ぷはー、ホントに美味しいね、このピーチ味」

 

あたしはいつものジュースを飲んでいる。

 

「強いレモン味と控えめな甘さのビタ・コーラと比べてどう?」

「どっちもどっちかなあ」

 

「そう。ま、不二家ネクターは果実汁だもんね。缶に書いてあるでしょ?」

「ごめん、あたし、チャイナレターは未だに良くわからない」

 

「はあ、アカは日本語も知らずに日本へ留学しに来たわけ? 情けない」

「あんたね、敗者の癖にジュース奢ってもらってる自分をどう思うわけ? どんな気持ち? ねえ、今どんな気持ち!?」

 

「う、煩いこのアカが! やっぱりあなた嫌いよ、西とか東とか関係なく! あなた、人を惨めにして面白いわけ?」

「いや全然。面白くなんて無いわよ。で、キルケはどうなの? あなたの国にも美味しいジュースの一つや二つ、あるんでしょ?」

 

「話の筋を折る人ね、あなたは」

「どうでもいいじゃない。それで? あなたの国の代表的なジュースと比べてどうなのよ?」

 

「味は甲乙つけがたいわね、このジュースも美味しいけれど、どうしても故郷の味を贔屓しちゃうもの」

「ああ、その辺りの感覚はあたしらと一緒なんだ」

 

「そうですね、アネットとキルケの仲直りの印に私も一緒に不二家ネクターを頂きますか」

 

イングヒルトの言葉にあたしとキルケが固まる。

ちょ、ちょちょ、何言ってるのイングヒルト、流石に今の発言はNGよ!?

周囲に誰もいないからいいけど。

まったく、発言の一つ一つにドキドキしちゃう!

 

「東と西。でも同じドイツ人。仲良くしましょ? いえ、喧嘩はやめませんか? ええ、形だけでも」

「西の犬と仲良く!?」

 

「アカと友達になれ!?」

「あら、お二人とも既に仲良しじゃありませんか? 先程も申しましたけど、剣で語り合い、こうして一緒に器をぶつけ合ってお互いを認め合う。素晴らしいことだと思いません?」

 

と、イングヒルトはキルケと乾杯。あたしの顔が硬直する。なんてこと言うの! なんてことするの!

でも、イングヒルトはこう続けたのだ。

 

「西の方に東の良さを伝える。いい機会ですし、すでに喧嘩もして、雨降って地固まる。素晴らしい日本の慣用句です。相互理解には充分ですわ」

 

あたしとキルケはお互いに目を見合わせる。あたしは秒で固まった。

あ、その言い訳はOKね。

あたしの胸に、イングヒルトの言葉がすっと落ちた。

 

「……くっ、そうね、私もアカと決め付けて悪かったわ。仲良く……いえ、友達でいましょ、二刀流の剣士さん」

 

キルケの苦虫を噛み潰したような顔。

だが、彼女はあたしを立ててくれていた。

直情的で喧嘩っぱやい、意志の強そうな美人の面影はそこには無い。

柔和な顔があるだけだ。

東も西も無い。あえて言えばドイツ人でも日本人でもない。

そこあるのは一人の少女の顔だけ。

 

「……そ、そうね。あんたがそれを先に言うのなら、考えても良いわ。あたしの名前は剣士さんじゃなくてアネット」

「キルケよ。もう覚えてもらってるわよね?」

 

「もちろん。勝利の女神キルケ。それに相応しい戦いだったと思うわ」

「私、負けたんだけど」

 

「そうね、でもあんたはイングヒルトとあたしを前に、矛を収めた。そして何より友好を、友情を求めてきてる」

「な、恥ずかしいでしょ、そんな事ズバリ言っちゃ!」

 

キルケの顔が赤くなる。

 

「ね、アネット、もう私たち三人は友達ですわよね?」

「そうね、ま、認めるわ」

 

「ふん、礼はいらないわよ?」

「……どこの誰が友達に対して『今日から私とあなたは友達よ?』なんてバカなこと言うのよアホらしい」

 

あたしが言えば。

そうなのだ。もういいや。このことは日記にには書かないでおく。

西ドイツのバカを剣道でやっつけた、とは書くけれど。

 

「え? アネット? 今私がそう言って見せたんだけど!?」

 

あたしは苦笑する。

一つ諦めたら、緊張の糸が切れたとしか。

 

「これだから旧貴族は」

「関係ないでしょ」

 

「え? それって私にも言ってるわけ? 私の家系も旧貴族なんだけど!」

 

二人の抗議にあたしは笑う。

日本に来て同一民族の友達ができる。

日本人と友達になる前にだ。

縁とは不思議なものである。

あたしはともかく二人はそれぞれ、どう思ったのだろう。

それは、あたしにはわからない。

ともあれ、あたしは、再びジュースの味を楽しむことにした。

 

「祖国の味もいいけどこちらも捨てがたいわね、悔しいけど。不二家ネクター、だっけ?」

「ええ、病みつきになりますわ」

 

「東ドイツに帰る前に、絶対この桃果汁ジュースの作りから覚えて帰る~」

「どうやって?」

 

「聞くか、図書館? 工場に押し掛ける? 原液に秘密があるに決まってるわ!」

「すごいバイタリティ。私はとてもそのアネットのやる気には追い付けませんわ」

 

と、汗かきと勝利、そして友人の輪が広がった後のジュースは格別だった。

あたしを含めて三人娘はそれぞれ、自販機横の空き缶入れに空の缶を投げ込むや。

 

「今日はありがたく奢られてあげるわ」

「何それ。何全力で平らな胸つっぱっているの?」

 

「この借りは返す、そう言ってるの!」

 

キルケが叫ぶ。

あたしは思う。もうげんなり。でも、それも悪くないと思うのだ。

ただ、今の心境は。

ただただ、めんどくさ……と思うのだ。

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