ホーゼンフェルト武芸帳 シュヴァルツェスマーケンEXTRA   作:燈夜4649

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監視社会。大人たちの都合。

 

放課後、あたしを呼びつけた先生もこう言っていた。

いつも以上に強面になっている、初老の男性教師だ。あたし、この先生ってちょっと苦手なんだよね。

 

「ホーゼンフェルト君」

「はい先生」

「君は東洋のフェンシング……なんと言ったか、剣道が好きなんだろう?」

「そうですね、毎日、木剣を素振りするくらいには。でも、日本の剣道より中国の剣術に興味があります」

「日本行きは、良い話だと思うがね?」

「留学の話ですか?」

「そうだ。極東の島国、日本への交換留学だ」

 

日本。

かつての同盟国。

あの、ナチが牛耳り、トチ狂った同盟の片割れ。

あたしにはフジヤマゲイシャサムライニンジャアリガトウ、程度しかわからない。

 

「あたしより相応しい人がいると思います」

「君は剣道が好きなのだろう? 本当の君はサムライの国にも興味があるだろう?」

「それはそうですが」

「ブロニコフスキー君も一緒に日本に行ってもらう」

「イングヒルトですか? はあ、それはもう皆の噂です」

「ホーゼンフェルト君。彼女とは個人的にとても親しいのだろう? 君、行ってくれるね?」

 

「あの、考えさせてもらってよろしいですか?」

「ん、それは構わんが、成るだけ早く決めてくれたまえ。時間は貴重だ」

 

話は終わりだ、といわんばかりに男性教諭はあたしから目を逸らし、机の上の書類に向かい始める。

あたしは言葉を失い、その場を後にした。

 

 

次の日である。

あたしはいつもの通学路を歩いていた。

イングヒルトとはこの先の都市公園で待ち合わせ。

 

「あーあ、どうしようかな本当に」

 

まいったまいった、もう独り言が声に出ちゃうくらい。

論理で考えると簡単だ。

国家から選ばれた。光栄なことだ。行くしかない。

 

わかる、わかるけどさぁ!

イングヒルトの監視だなんて……そんな、友達を売るようなこと!

できないよね? できるはずないじゃん!

お父さんは画期的なアイデアをくれたけど、あたし、本当を言えばそんな都合のいい手をとる自信が無いよ!

うんうん。

気づけばあたしは大きく溜息。

そんな時だ。

あたしは前を行くスーツ姿の紳士が何かポケットから落とすのを見る。

白っぽい紙切れ。

ああ、封筒かな?

あたしは何気なしに拾ってあげる。

 

「あの、落とされましたよ?」

 

あたしは封筒を拾って男性に走り寄ると、声をかける。

何気ない行動だ。

でも、次の瞬間、あたしは背中に強烈な悪寒を感じたんだ。

 

「君宛の手紙だ。私はタダの通行人。私の事は忘れたまえ」

 

男性の声。

それは氷の声だった。

低い音、幽霊のような枯れた声。

あたしは余りの迫力に、そのまま凍りつく。

封筒を差し出したまま。

男性はそれだけ言うと彼女から遠ざかる。

あたしの声など出ない。まして足が前に進まない。

それどころかガタガタと膝が笑い出していた。

待って、待って、待ってよう! あたしは叫ぶに叫べない。怖い、怖いんだけど!

 

自分宛のへの手紙? なんの冗談?

誰が?

あたしは震える。

 

──知らないおじさんが。

 

何? なに? なんなの!?

あたしは封のされてない封書を空け、中の紙を見る。

一枚だけ入ったその便箋。

便箋には一言。

 

『お前を見ているぞ』と。

 

角ばった走り書きで書いてあったのだ。

あたしの脳裏を一つの単語が掠める。

シュタージ。国家保安省。

 

あたしは周囲を見回した。

誰もいない。

いや、数人いたけど、誰もあたしに注意を払っていないように見える。

でも、でも。

あたしの震えが止まらない。

冗談ではない。

そう、この国では、こんな事が冗談では済まされないのだ。

あたしの父と、母が言っていたとおり注意しなければならない。

国家の敵に回るわけには行かないのだ。

翻って。

あたしはイングヒルトと共に日本に留学する未来しかないのだと思い知らされる。

それが運命。

だって良く考えてよ。ここ東ドイツは警察国家。国家の意思は人民の意思。

断ればどうなるか。

 

やっぱり再教育施設行き? 冗談じゃないってば!

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